一.香田 かすみが訪れたレトロゲーム店の店主 植木 浩馬

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 「バトルフォーミュラ」は、ファミコン最末期の一九九一年に発売されたシューティングゲームだ。当時はすでに後継機のスーパーファミコンが発売されて一年が経った頃で、そんな時期に今さら古臭いファミコンで新作を出したところで、当然のことながらほとんど売れる事はなかった。  しかし「バトルフォーミュラ」は、ファミコンの性能を限界まで使い切ったその高いクオリティが一部のマニア達の間で評価され、販売が終了した後になって、ファミコン最末期の隠れた名作として次第に評価が高まっていったのだった。  その結果、当時六五一〇円の定価で売られていたこの不人気ソフトにプレミアが付き、今や状態によっては五万円以上で取引される事もある。  そんな、相当のマニアでなければ持っていないようなレアなコレクターズアイテムが、素人の持ち込み品の中にたまたま紛れ込んでいた……そんなわけがあるか!  間違いない。この持ち込み品はあの女性客のものではない。  この持ち込み品は、確かな目を持ったどこかの熱心なレトロゲームマニアが集めたものに違いない。そしてそれを、明らかに素人くさいあの女性が、本人の了承を得ているのかどうかは不明だが、代理で売りに来ているのだ。  レトロゲーム店の店長である以前に、レトロゲームを愛する一人のコレクターである植木は、店長としての経営判断よりも、コレクターとしての矜持を優先させた。 「多治見くん。もう査定はいいや。これは買い取れないよ」 「え?」 「どう見てもこれ、あの女性のものじゃないだろ。最悪、盗品である可能性もある。女性が戻ってきたら俺さ、あなたは本当にこのソフトの持ち主なんですか?って聞いてみるよ。それで受け答えが怪しかったら、場合によっちゃ警察に連絡するのも考えなきゃいけないかもしんない」  多治見くんが「ええっ?」と困惑する。植木は平然とした冷たい顔で、俺が女性と応対している間、気付かれないようこっそり携帯で、この女性客の顔と服装が分かる写真を撮っておいてくれないか、と多治見くんに頼んだ。  店内に防犯カメラはあるけど白黒で画質も粗いし、買取カウンター前に設置されたカメラは上から見下ろすアングルで、つばのある帽子をかぶっていると顔がよく映らないから――そう説明する植木の表情は、びっくりするほど真剣そのものだ。  気弱なオタクの多治見くんは、突然降ってきたスパイみたいな特殊作戦指令を前に緊張で顔が真っ青になった。そして自分の気持ちを冷静にするため、眼鏡を外してポケットからハンカチを取り出し、落ち着かない手つきで眼鏡を拭いてきれいにした。  それから自分の携帯を取り出すと、ここに立ってこの角度でレンズを向けてさりげなくシャッター押せばいけるかな?ここからならどうだろう?と不安そうな顔で撮影テストを始めた。
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