一.香田 かすみが訪れたレトロゲーム店の店主 植木 浩馬

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 きっかり四十分後に、その怪しい女性客は店に帰ってきた。 今度は入り口を間違えなかったが、狭い店内をやっぱり除雪車のようにグイグイと他の客を押しのけながら、真っすぐ買取りカウンターまで突き進んでくる。  多治見くんはその顔を見るや、怪しんでいることに気付かれないよう慌てて女性に背を向け、何か検索でもしている態を装いながら自分のスマホをいじくり始めた。 「買い取りをお願いしていたんですが」  ぶっきらぼうに丸いプラスチックの番号札を差し出した女性に、店長の植木が申し訳なさそうな口調で低姿勢で切り出した。 「先ほどのお客様ですね。大変お待たせしてしまい申し訳ございません。  ですが……あの、大変申し上げにくいのですが……、こちらのお持ちになられたこのゲームソフト……、あの、こちらはお客様のお持ちの品ということで、間違いございませんでしょうか?」 「そうですけど?」  女性客の口調にはどこか棘がある。私に文句でもあるのか?と言いたげな雰囲気だ。 「いえ……実は、先ほどお客様に持ち込み頂いた品の査定をさせて頂いたのですが、こちらのゲームソフト、いずれも非常に状態がよく、希少価値も高いものも多数含まれておりまして……  それで、査定金額もかなりの額になりましてですね、それで……これだけ高額のものとなりますと、本当にご本人様のものであるかという確認が必要になってしまうので……」 「本人のもの?これは自分のものだ、って私が言うのじゃダメなんですか?――だいたい、本人かどうかなんて、どうやって確認するんですか?」  確かにその通りである。ゲームソフト買い取りの場合、運転免許証などの身分証明書の提出は求めるが、持ち込んだソフトが本人のものであるかの確認はしない。だいたい、自動車や土地じゃあるまいし、所有者の登記など存在しない、たかが子供向けのテレビゲームソフトである。そんな品で、これは自分のものだという証明なんてできるはずがない。  実は、高額買い取りの際に本人の持ち物かどうかの確認が必要だというのは、植木がその場でとっさに思いついたデタラメだった。  植木は女性客のごく当然の質問には答えず、強引に自分の聞きたいことと言いたいことを上からかぶせてごまかした。 「あの……、例えばこの持ち込まれたソフト、ご主人様だったり、どなたかご家族の方の持ち物だったりしませんか?  その場合は、たとえ持ち主がご家族であっても、高額の買取りの場合は書面等でご本人の同意が必要になりますね」  書面での同意が必要だというのも、植木の出まかせである。店にそんな決められたルールはない。多治見くんは植木の後ろに立ち、二人に背を向けた状態で会話に聞き耳を立てながら、店長きわどいこと言うなぁ……と一人で緊張していた。  そして多治見くんは、何やら店の業務のために必要な情報を携帯で検索しているという態でスマホをいじくりながら、脇の下や腕の横からさりげなくスマホの先端のカメラ部分だけを出して、当てずっぽうで角度を調整しながら何回かカメラのシャッターを切った。  撮れた写真のほとんどは、ほとんど多治見くんの二の腕しか写っていなかったり、ひどい手ブレで何が写ってるかも分からなかったり、全く使えないものばかりだった。何より、この女性がつばの広い白い帽子を目深にかぶってずっと下を向いているせいで、写真自体はちゃんと撮れていても顔が全く判別できないことが、多治見くんを焦らせた。  しかし、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるで、何度も連写したうちの一枚が奇跡的に、この怪しい女性客が一瞬だけ顔を上げた瞬間を偶然とらえ、なんとか彼女の顔から服装までしっかりと確認できるものを確保できた。無事に任務を完了した多治見くんは、人知れずホッと一息をついた。
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