一.香田 かすみが訪れたレトロゲーム店の店主 植木 浩馬

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 本人の同意が必要と言われた女性客は、一瞬ウッと言葉に詰まったような表情を見せたが、内心の動揺を悟られまいとするかのように、すぐに無表情に戻った。そしてポツポツと答えた。 「これは主人の……ものです」 「そうですか。それではご主人に頼まれて、代理で持ち込まれたということでしょうか?」 「……」 「こちらのゲームソフト、拝見しましたところどれも大変素晴らしい品物でございまして。全部で八十二本ございましたが、買取り総額は確実に十万円は上回るかと」 「十万円⁉」  金額を聞いて驚きの表情を見せた女性客を見ながら、植木は心の中で舌打ちをした。やっぱり価値を知らないで来てやがったなこの野郎。こいつはダンナに無断で、ダンナの秘蔵コレクションを売っ払いに来たんだ。最低なやつめ。  たかがゲームソフト、街中の中古ゲーム屋じゃ一本数百円とかで叩き売りされているものもある。どうせ、そういうのと一緒だろうという軽い気持ちで、ダンナが丹精込めて集めてきた立派なコレクションをこっそり持ち出してきたんだろう。  ちょっと脅かしてやれ、と植木は「下手したら二十万円を超える可能性もあります」とデタラメな意見を追加した。 「そのような高額品ですので、できれば代理の方ではなく、ご本人様が自らご来店頂きまして、査定の金額とその明細についても、きちんとこちらからご説明して、ご納得いただいた上で買い取らせて頂きたいのです」  植木のその言葉に、女性客は顔を真っ青にして無言でしばらく突っ立っていた。あまりにも何も言わず石像のように固まっているので、思わず植木が「お客さん?」と声をかけようとした瞬間、女性が意を決したように緊張した口調で言った。 「……主人は……亡くなりました。  それで……、遺品を整理していたんですが……。これは私が持っていても、どうせ価値が分からないから……それならこの品は、価値を理解して喜んで使って下さる方に大切にお持ち頂いたほうがいいのかなって……」  気まずい空気が流れた。  後ろを向いて作業をしているふりをしながら全力で聞き耳を立てていた多治見くんが、スッと音もなくその場から消えた。こっそり写真を撮るというスパイ任務も無事成功しているし、その場の空気のあまりの重苦しさに、居たたまれなくなってその場から逃げだしたのだろう。 「はあ……失礼しました。そういうことでしたか」  植木は心から申し訳なさそうに静かに女性に詫びた。だが、しばらく沈黙したあと、力強い口調できっぱりとこう続けた。 「しかし、それでしたらなおさら、これは買い取りできませんね」  なぜ?と女性の表情が険しくなる。植木は優しく言い含めるように、女性に懇々と説明した。 「こちらのご持参いただいたゲームソフトは、いずれも素晴らしい価値のものです。これだけのものを、これだけの本数お集めになるために、亡くなられたご主人は間違いなく大変なご苦労をされているはずです。  ご自分では価値が分からないので、せっかくなので価値が理解できる方に持って頂こうというお客様のお気持ちも理解できますし、レトロゲームを扱う店として大変ありがたくも思います。  ですが、これはご主人が生前、本当に大切にされてきたものでしょうから、お亡くなりになられた方の形見の品として、ご家族の方が大事に保管された方がよろしいのではないでしょうか」  同じコレクターとしての共感のこもった植木の真摯な言葉に、女性は諦めたように「そうですか……」と力なく答えて下を向いた。植木は、女性が持参した大量のゲームソフトが入った二つの紙袋を差し出した。  女性は植木の言葉に反論をするでもなく、聞き取れないような弱々しい声で「わかりました……」と言うと、逃げるようにそそくさと店を出ていった。  女性が出て行ったのを見届けると、多治見くんはすぐに植木のもとに戻ってきた。 「奥さんがあの年恰好だと、旦那さんだってたぶん四十代か五十代ですよね。若いなぁ」 「ああ。お気の毒だな」 「形見として大事にしてくれるといいですね、あのソフト」  人のいい多治見くんは、そう言って寂しそうな顔で笑った。  しかし、脱サラして独力で中古ゲーム店を立ち上げた植木は、これまでに何度も何度も人生の修羅場をくぐっているだけあって、人を見る目が多治見くんよりもずっとシビアで冷徹だった。植木はハッとあることに気づいた顔をして、大声を出して悔やしがった。 「あっ!しまった……。先に買い取りカードに住所と名前を書いてもらってからお断りすればよかったじゃないか俺! あぁ~。何でさっき思いつかなかったんだ!」  さっぱり意味がわからず、多治見くんはキョトンとしている。 「え?どういうことですか店長?」 「そうしておけば、あの女性客の名前も自宅の連絡先も分かったじゃないか!」 「でも、それって個人情報ですから、買い取りをお断りしたのに聞き出しちゃうのは、さすがにまずいんじゃないですか?」 「まあ、そりゃそうなんだけどさ。でも、連絡先を聞いておけば、こっちからこっそり旦那さんに連絡して裏が取れたじゃないか」 「へ?……」  多治見くんが、突然の店長の意外な言葉に面食らって目を白黒させる。植木は淡々と、冷めた目でこともなげに言った。 「俺、旦那さんが亡くなったっていうの、嘘だと思うんだよね」
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