一.香田 かすみが訪れたレトロゲーム店の店主 植木 浩馬

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 主人は亡くなりました、と告白した時の女性の表情と声のトーン。それは単に、深い悲しみを思い出してしまったせいで弱々しくなっているだけかもしれない。でも植木の目はそこに、どこか女性が抱いている後ろめたさというか、重い罪の意識のようなものをわずかに感じ取ったのだ。  とはいうものの、悲しみに沈む遺族に「夫が死んだというのは嘘じゃないですか?」なんて無神経なことは絶対に言えるわけがない。 「だからさ、あの女の人が言ったことが嘘だろうが本当だろうが、どちらにせよ買い取りをしないで済むようにああ言ったんだよ俺。ああいう言い方なら、角が立たずに買い取り拒否できるだろ?  あの女の人もこれで、旦那さんのコレクションがいかに凄いものかってことを分かってくれて、心を入れ替えてくれたらいいんだけどな……」  そう平然と言い放つ植木の鋭い目を見て、怖い人だなと多治見くんは思った。  普段接している時はただの気のいいレトロゲームオタクだけど、植木は自分が子供の頃に熱中したテレビゲームが好きすぎて、サラリーマンをやりながら必死で資金を貯めて、二十代で中古ゲーム店を立ち上げてしまったような人なのだ。  最初は自分の地元の駅前で店を持ち、店が軌道に乗って資金が増えたところで、満を持してオタクの聖地・秋葉原に出店。同じようなレトロゲームの店がいくつも集うこの日本一の激戦区にあって、「レトロゲーム ダンジョン」は他とは違う、ゲームに対する深い愛情が感じられる素晴らしい店だという確固たる評判を築き上げている。植木のその実力と、ゲームに対する愛と情熱は本物だ。   「でもさ、うちが買い取りを断っても、他の店が買い取っちゃったら結局同じなんだよなぁ……。そうだ、皆に電話しておこう!」  そう言うと植木は携帯を取り出して電話を掛けようとした。 「店長、どこに電話するんですか?」 「『ゲーマニア須弥山』の島村さんとこ。あと『中古ゲームやまもと』。とにかく秋葉原にあるレトロゲームの店で知ってるとこには全部電話しとく」  秋葉原にあるレトロゲームの店は、お互いがライバル店ではあるけれども、根っこは同じレトロゲームを愛する者たちである。商売上は厳しく競い合ってはいても、一歩店を離れればむしろ、同じマニアックな趣味を持つ者として、一般の人よりもずっと気が合う仲間なのである。  当然、レトロゲーム愛好家たちのイベントなどで一緒になって話す機会も多いので、植木は秋葉原にあるレトロゲームの店の関係者の個人的な連絡先をだいたい知っていた。 「店長、でもそれ、逆にヤバくないですか?」 「なんで?」 「だって、そうやって秋葉原のどの店でも買い取り拒否されて、それで仕方なく地元の変な店なんかに価値も知らずに売られちゃったら、あのコレクション可哀想ですよ」 「あ……そうか。それはそれでマズいな」 「むしろ、もし他の店にあの女の人が来たら、黙って買い取ってもらったほうがよくありません?」 「どういうこと?」 「黙って買い取って店で大事に保管しておいて、それで後でその家に連絡を取るんです。働いてる人も家に帰っているような時間を狙って。  もし本当に旦那さんが亡くなっていて、奥さんが電話に出るんであれば、それは仕方ないからもう店で売ることにすればいいし、あの女性が嘘をついていて、旦那さんが生きていてもし電話に出たなら、そのままこっそり旦那さんに話をして、ソフトを返してあげればいいじゃないですか。  買い取ったお金は旦那さんに払ってもらいますけど、それはもともと店が奥さんに支払ったお金ですから、あとは夫婦で話し合ってもらえばいいですよね」 「ええ?でもさ、家の電話って大抵、奥さんの方が出ることが多いよね」 「まあ、そうなんですけど。その時は申し訳ないけど切っちゃう」 「完全に不審電話じゃないか」 「ええ。でもまぁこういう事態ですし、番号非通知にして日を空けて三回くらいトライして、ダメだったらそこで諦めるとか、その程度だったらギリギリ許されないかな……と。それでゲームが救えるならまぁいい話じゃないですか」  多治見くんのその提案に、植木はああ~と頭を掻いて後悔した。 「そうか~。そうだね多治見くん。その方が良かったなぁ~。気が付かなかった!  さっきも買い取り拒否するんじゃなくて、黙って買い取っておいて、俺から旦那さんにこっそり連絡しときゃよかったんだなぁ。なんで気付かなかったんだろう!ああ~」  多治見くんは優しく「仕方なかったですよ。僕だって今思いついたんですから。あの場でとっさに、そこまでは考え回らないですよ。私のアイデアだって、要はまるっきり不審電話ですから、実際きわどい作戦ですしね。考えうる限り、店長の対応はベストだったんじゃないですか?」とフォローした。そうか?と植木はすがるような目で多治見くんの顔を見た。  この人はいい人だな。この人の店で働けて僕は幸せだ。  価値を理解しない人に売り払われそうなゲームソフトを救おうと、自分の商売とは一切関係ないのに、ここまで必死になって色々とやってあげようとする植木。その姿を見て、多治見くんは一人のレトロゲームマニアとして誇らしい気持ちになった。
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