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水の神様に関する観察
夏の首都サクリーナ城は毎年、管理部の頭を悩ませていた。
この御時世珍しくなった“城”は帝国メガロポリス中央部にあり、極寒たる帝国の中では中くらいの寒さである。正に首都である。
「微妙な所なんですよ。
豪雪になる程ではありませんが、雪が降る程度には寒いですよ…」
ちなみに南隣のリノク府は、首都同様に寒いが雪は全然降らないそうだ。
そんな気候帯ではあるが、夏になると元氣に生えてくる植物があった。
ツタである。
ブドウ科の蔓性植物である。
壁一面にハート型に近い大きな葉が垂れ下がり、花を付ける美しい植物だ。
「あちこちに生えてますけど、樹液が甘味料になるそうですよ。」
「あまいの?」
「ええ。…今度、作ってみましょうか。」
「わーい!」
サクリーナ城・南の庭の壁はその旺盛な繁殖力によってツタのグリーンカーテンとなり、夏は緑、秋は赤色で帝国民を楽しませていた。
それは第五代皇帝のお喋り動画コーナーでも当然話題となった。
その時に陛下がお話されたのは、昔々の文献の事。曰く、
《“あてなるもの。削り氷に甘葛入れて、新しき金鋺に入れたる。”
だからかき氷を食べてみたい。》
だそうだ。
ちなみに、最近のかき氷――帝国ではブリティーレ〈Brityyled〉と言う。フラッペ〈Frappe〉と言うと王国民と間違えられて総スカンを食う可能性が急上昇するので要注意だ――は、陛下には“色々違ってて気持ち悪い”らしい。
どういう事なの?
帝国民にはよく分からないが、これに反応したのが帝国屈指のヘンタ…変人の集まり、帝国氷菓倶楽部(インペリア・ブリティーレ・クラブ)である。
彼等は死人が出る程度に寒くなるこの極寒たる帝国メガロポリスにおいて、冷たいお菓子を嗜む強者共である。今回においては陛下の仰る“アマヅラ”を作ってみようと躍起になった様で、先ずは材料集めという事でツタを刈りまくる事にした。で、そこまでは良かったのだが、植物園のツタまで刈ろうとしてお縄になり、現在は企画停止中なのだとか。
…何かと極端なのは、帝国民の性であった。
「あれ?それなら、2月に陛下と作ったよ!」
「おや、先を越されましたか…お味は如何でした?」
「おいしかったよ!」
「そうでしたか。では、今度は沢山作りましょうか。」
「うん!」
さて、話を戻そう。
サクリーナ城・南の庭の壁のツタは夏こそ美しい。
だが寒くなると一斉に落葉し、落ちそびれた葉と気根の生えた不気味な蔓と吸盤が残ってしまうのが常だった。この吸盤は巻きひげの変形だが、ただ蔓を引っ張っただけでは壁に残るし、サクリーナ城の壁は凹凸が有るので洗浄しても残るそうだ。このままではサクリーナ城の景観には大変宜しくないし、切ってもどうせまた生える…という事で、明日一斉に刈るという事だ。
「半分ぐらい何を仰っているのか分からないと思いますが…
管理部はこれまで、秋の景観維持に尽く失敗していらっしゃるので、
何かしら努力したい、とか、努力の姿勢を見せなければ…
といった所でしょう。ただの馬鹿ですね。
…そう言えば、ユリが陛下と刈ったツタは何処のですか?」
「うーん?…わかんない!」
「そうですか、分かりませんか…」
その、刈られたツタをせしめるのは明日する事として。
「今が一番綺麗ですから、刈られる前に見に行きましょう。」
『はーい!!』
そこで、機構部――もうすぐ2組織に分かれるが、それは来月からの話だ――のクラインは、まだ幼い子ども達を連れて南の庭まで出向く事にした。
赤い男の子がグレン、黄色い男の子がラグーン、そして黒い女の子がユリだ。
「車椅子持って来たよー!」
「ああ、ありがとうございます・・・」
持ち物は確かにリスト化して渡したはずだが、子ども達が用意してきた物は対非常事態用車椅子(大体パパ専用)、リュック(ユリ特製ジンジャークッキー入り)とレジャーシート、汚れて良い服(着替え付き)に水筒、そして人数分のお弁当。
「できたよー!」
「ピクニックほど滞在する予定はありませんが、行きましょうか。」
『はーい!!』
子ども達は各々動きやすい服装で、某ゲームで製品化された水鉄砲などのオモチャを持って。
男はいつも通りの黒いキャトルマンハット・ベストスーツ・ローファーの三点セットで、車椅子に荷物を乗せて出かける事にした。
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