117人が本棚に入れています
本棚に追加
「杏子さん、お話頂けますか?」
久遠警部が促すも、杏子は俯くばかりだ。
その様子を見ていた香澄が、嘲笑うように鼻で笑った。
「この人のところに、お母様が現れるらしいですわ。刑事さん」
「はて、それは香澄さんの実のお母上・・・希世乃さんということですか?」
「えぇそうよ。この人はお母様からお父様を奪った後ろめたさで、幻覚を見ているのよ」
「幻覚なんかじゃないわっ!」
つい・・・といった感じだった。
杏子は幻覚と言われて、つい強く否定したのだ。
「なるほど・・・・では、その現れた希世乃さんですが、具体的にはどのように?」
久遠警部に聞かれ、杏子は仕方なくと言った様子で話し出した。
「最初は・・・・カーテンの向こう側に人影を見たり・・・庭の奥に人影を見たり・・・その程度だったんです。それが日を追うごとにエスカレートしていきました。夜中息苦しさに目が覚めると、彼女が・・・枕元に立っていて、私の首を絞めてくるのです・・・・・それに声・・・・私が夜寝ていると聞こえてくるんです・・・希世乃さんの声が・・・」
そう言って杏子は両耳を覆った。
「自業自得よ!杏子さん、貴方がお母様からお父様を奪ったから、お母様は死んだのよ!貴方の罪悪感からそんな幻聴をきくんでしょ?ばかばかしいっ!」
眉間に皺を寄せ杏子を睨む香澄の目には、明らかな敵意が込められていた。志童と琉が屋敷に来た時に迎えてくれた彼女とはまるで別人のようだ。
「あのすみません・・・」
庄吾だった。
「香澄は勘違いをしているのです・・・妻を亡くして自暴自棄になっていた私を励ましてくれたのが杏子なんです。決して今香澄が言ったようなことは・・・。それに、皆さんには香澄が杏子のことを嫌っているように見えてしまうかもしれませんが・・・・」
「と、申されますと?」
久遠は否定も肯定もせずに、先を促した。
「杏子が度々こういうことを言うようになってから、香澄は杏子の為にリラックスの為のドリンクを作ってくれたり・・・優しいところもあるものですから・・・」
「えぇ、別に私はそのような誤解はしておりませんからご安心ください」
久遠警部は口元だけで笑った。
一方庄吾の方はと言えば、この家においてこの幽霊騒動はそれなりに長く続いているのだろう。すっかり憔悴しきった顔で杏子の肩に手を添えていた。
___おかしい
志童はそう考えていた。
___人影くらいならわからないでもない。それが仮に本当の幽霊であっても、幻であっても。しかし、首を絞めるとなれば実態があるということになる。そもそも実体がないからこその幽霊だ。
志童はそっと琉のジャケットの裾を引っ張ると、そのまま目で合図を送り部屋の外へ出た。
「琉、2階に行ってみないか?」
「流石志童様です。私もちょうどそう考えていたところです」
俺と琉は静かに部屋を後にした。
階段を登ると、コの字型の廊下に沿ってドアの数はざっと10といったところだった。
あちこちで鑑識官たちによる検証か行われいる。
その間を縫うように、琉は真っすぐとあるドアへ向かった。
鑑識作業は済んだ後のようで、その部屋にはすんなりと入ることができた。と言えば聞こえはいいが、要は忍び込んだのである。
家全体もそうだが、北欧家具に統一されたすっきりとした部屋だった。
「は・・・琉?ここって・・・」
「はい。おそらく杏子様のお部屋かと・・・・」
そう言って琉は部屋のあちこちを調べ始める。
窓、壁、床、ベッド、家具に至るまで一通り調べると琉は小さく頷いた。
「志童様、お隣の部屋に行きましょう」
「えっあぁ・・・うん・・・」
琉が調べている間もそうだが、志童はただぼけっと突っ立ってるだけである。調べろと言われても、どこをどう調べたらよいのやら見当もつかない。
杏子の隣の部屋。
一歩入っただけで、志童にもすぐにそこが誰の部屋であるかが分かった。
ロココ調家具で統一された部屋。
一部の家具には白い布がかけられており、今はもうこの部屋の主はいないのだと物語っている。
「ここって・・・希世乃さんの?」
「流石志童様です!えぇ、おそらくそうだと思います」
志童は苦笑いした。
___なぜだろうか・・・・琉に褒められるたびに、褒められてる気がしないのは・・・・
琉は壁を見ていた。
壁の四隅、壁紙の張り合わされた継ぎ目、そうして最後に指で何度か壁を叩いた。
そうして、壁際に置かれた家具のひとつに近づくとかけられた布をはぎ取る。そこにあったのは、ライディングビューローと呼ばれる引き出し式の小さな机だった。
「なるほど・・・そういうことでしたか・・・・」
琉はそう言って何度も頷いた。
「え?何?なんかわかったわけ?」
「えぇ・・・しかし、これはほんの一部に過ぎません」
「一部でもいいから、何がわかったのか俺にも聞かせろよぉ」
「えぇ・・・しかし・・・・まだ、確証もありませんし、それにもしも私の仮説が正しければ、いずれわかりますから」
「いずれわかるなら今知りたい」
「さて・・・困りましたね。あぁ志童様、そろそろ戻りましょうか。久遠警部がしびれを切らす頃でしょう」
結局自力ではなんの手掛かりも見つけられず、琉が何がわかったのかもわからないまま、志童は琉と共に1階へ下りたのだった。
部屋に戻ると、久遠警部が待っていたとばかりにわざとらしい笑みを向けてきた。
最初のコメントを投稿しよう!