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「長いトイレでしたね。琉さんの主は余程胃腸が弱いとみえる」
___俺かよ!
突っ込みたいのを必死に抑え何とか愛想笑いで乗り切った。
「さて、僕はこれから少し2階を見て回りますが、一緒にいかがです?」
「えぇ、是非に」
「では」
そう言って背中で手を組んだ久遠警部が部屋を出たのに、志童と琉も続いた。ドアを閉める直線、顔面蒼白の夫婦の姿が目に入る。
___あの怯えよう・・・尋常じゃないような・・・かといってさっきの話を鵜呑みにはできないし。一体あの夫婦に何があったというんだ・・・・
府に落ちない思いで久遠警部と一緒にやって来たのは、2階の香澄の部屋だった。母親と同じくロココ調の家具で統一されたその部屋はいかにもお嬢様の部屋と呼ぶのにふさわしい。
「実は一通りはもう見てまわったのですよ。その上でお二人に見ていただきたいものがあります」
そう言って久遠警部は部屋の奥にあった扉に手をかけた。
そこは香澄の専用のキッチンだった。
___まぁ・・・珍しくはないよな・・・・楓の部屋にはバスルームもついてるし・・・
ところが一歩専用キッチンに入ったとたん、独特な匂いが鼻を突いた。
臭いわけではないが、決していい香りとも呼べない。
「この匂いは・・・・・」
「おそらく、草・・・・でしょうね」
琉が言うと、久遠警部は両腕を開き絶賛した。
「流石琉さんです!私は彼女がここで何かをしていた・・・・杏子さんがあそこまで怯えるには彼女___香澄さんが何かしら関わっていると考えています。そこで、貴方のお力を借りたい。薬草と言えば天狗の得意分野でしょう?」
上目遣いで琉を見た久遠警部はクスリと笑った。
「えぇ・・・、確かに・・・・」
特に気分を害する様子もなく、琉は作業台の上に残されていた僅かな残りかすを指先にとって匂いを嗅いだ。そして、収納されているキッチン用具をひとつひとつ丁寧に見て回ると、小さく頷いた。
小さな冷蔵庫を開けると、中はすっきり整理されている。食品は果物ばかりが並んでいた。リンゴ、キュウイ、桃、オレンジ・・・どれもスムージーを作るためであろうことが想像できる。
最後に琉が手にしたのは、紙に包まれた小さなものだった。
開けるとそこには何かの粉末が入っている。
それを指先にとり匂いを嗅いだ後で、ペロリと舐めた。
「なるほど・・・・杏子さんの幻覚、幻聴の謎はあらかた解けました」
「へ?」
志童は間抜けな声を発していた。
ここまで志童と琉は、全ての時間を一緒にいたのだ。それがどうして志童にはなにひとつわからないのに、琉にはもう半分解けてしまったというのか。
「やはり、期待した通りでした。素晴らしいですよ、琉さん」
久遠警部はゆっくりと拍手をした。
それでもその恍惚とした表情から、琉に陶酔している様が見て取れた。
そしてぴたりと合わせた両手を口元へ持っていくと何か考えるような仕草の後で、志童と琉にゆっくりと視線を向けた。
「まぁ最終的な謎解きの前に、庭にガゼボがありましたねぇ。行ってみませんか?」
「よろしいですか。志童様」
「えっ、あぁ・・・行こうか」
「ありがとうございます」
折り目正しく腰を折る琉の横を涼しい顔で通り過ぎた久遠警部は、志童を見てクスリと笑った。
___やっぱりあいつ!感じ悪りぃーーーーっ!
1階に降りてパーティー会場に使っていた広間を抜けて庭に出る。ガゼボは庭の奥まった場所にあった。
「さて、ここにお二人をお連れしたのは、他の捜査官には聞かせられない話だからです」
ガゼボについて早々、久遠警部はそう切り出した。
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