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「なぜ彼女が狙われたのか___もちろん、無差別殺人なんかではありません。彼女は明確な意思の元、殺害されたのですよ」
そこで初めて、香澄がぶるりと肩を震わせた。
久遠警部はそれを横目に小さく笑う。
「どうしました?香澄さん。何かお心あたりでも?」
「べっ別に・・・・私は殺してないわ」
「そう。貴方は殺してない。貴方の意思を借りたAが殺したのですから。理由は明らかです。梅澤さんと庄吾さんが愛人関係にあったからです。そうですね、庄吾さん」
庄吾は顔を引きつらせ目を泳がせていた。肯定の言葉はないものの、もはや答えないこと自体が肯定ととれた。杏子は両手で顔を覆った。
志童は琉に身を寄せて囁くように言った。
「なぁ、Aって誰なんだ?琉はわかってんだろ?」
「えぇ。そして久遠警部もおそらくは_____」
「それって、誰なんだよ。教えてくれよ」
小声で話してたつもりだったが、その声はしっかり久遠警部の耳にも届いていたようで、久遠警部がクスリと笑う。
「志童さん、なかなかせっかちなお人ですね。まぁいいでしょう。幸いここには飯野家の皆さんと、志童さん、琉さん、そして私と祇園寺しかおりませんから。琉さん、よろしければAの正体明かして頂けませんか」
「えっだけどっ・・・」
そこで志童は言葉を飲み込んだ。
___さっきのガゼボの話からして、Aってのは妖だ。ってことはあの、祇園寺って刑事も人じゃないのか?!いや、そもそも飯野家の人達にそんな話したところで通じるのか。
「志童様」
難しい顔をしている志童に、琉が声をかけた。
「おそらく久遠警部には何かまだ、私たちに明かしていないことがあるのでしょう」
「・・・・・・そう・・・だよな・・・」
不信感溢れる眼差しで久遠警部を見た志童に、久遠警部は肩を竦めて見せる。
「では僭越ながら・・・・」
そう言って琉は話し出した。
「志童様、天狗の隠れ蓑という昔話をご存知ですか?」
「えっ、あぁ・・・確か・・・、天狗を騙してただの竹筒と体が透明になる蓑を交換した男が、村で悪戯しまくるって話だよな」
「そうです。さらに付け加えるなら、事情を知らない母親に蓑を燃やされてしまい、灰を体に塗ってまた村にくり出した男は、雨により体の灰が流れてしまい正体を晒すこととなります。さて、今回の一連の事件はこのお話とよく似ているのですよ」
「じゃぁ・・・天狗っていうのはまさか・・・・」
志童は思わず香澄を見た。
「えぇ。その通りです。天狗は香澄さん。そして隠れ蓑は希世乃さんの存在そのものです。しかし、既に他界している希世乃さんには隠れ蓑のような力はありません。そこで登場するのがAです。Aが希世乃さんという隠れ蓑に力を与えてしまったのです」
「そのAってのは・・・」
「肉吸いという妖です。一部では吸い込みなどとも呼ばれています。肉吸いは人間の女に化けます。最初に杏子さんが見た希世乃さんは肉吸いが化けた姿だったのですよ。肉吸いは本来美しい女性に化けて男性を骨抜きにすることから、その名がついた妖です。しかし、長い年月を経て力を失った肉吸いは、力を取り戻そうと実際に人の肉を喰らうようになってしまった。それが、梅澤さんの不幸を招いたというわけです」
やっと納得したと言うように志童が頷くすぐ横で、死人のような顔色で庄吾が口を開いた。
「あの・・・さっきから一体何の話を・・・・」
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