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プロローグ
白金の高級住宅街。
目の前には一軒の豪邸。
志童は今まさに、その門前にいた。
傍らには黒いスーツをそつなく着こなした男が付き従っている。
インターフォンを押そうと伸ばした手を、ため息交じりに志童は引っ込めた。
「なぁ・・・やっぱり行かなきゃだめかなぁ・・・」
「えぇ、おそらくは」
黒スーツの男は隣で涼し気な笑みを漏らす。
がっくりと項垂れて腕時計を見ると、時間は10時20分を指していた。
「なぁ、始まるのは11時だよな?」
「さようでございます」
「わかった。参加はする。だから頼むっ!」
志童は振り返り男に向かって頭の上で両手を合わせた。
「ほら、あの通りまででたらラノアールって喫茶店あっただろ?あそこでまずは一息つこう!そうやって英気を養ったら、絶対参加するから!」
「本来ギリギリに伺うのは大変失礼なことなのですが・・・・・・・まったく・・・仕方ありませんね」
男は小さく笑うと、頷いた。まるでこうなることが初めからわかっていたかのように。
「やった!」
現金な程に先程と打って変わって元気を取り戻した志童は、早歩きでラノアールに向かった。
深いソファーに身を沈め、志童は煙草に火をつける。
背もたれに頭まで完全に預けた状態で天井をぼんやり見ながら、ぼそりと呟いた。
「なぁ・・・・なんで俺が行かなきゃならねぇんだ?尊の知り合いだろ?招待されたのは尊だよな?なんで俺が行くわけ?」
「まだそんなことを仰っているのですか?いい加減諦めて、覚悟を決めていただけますか?」
向かいの席で優雅な手つきでコーヒーを飲みながらさらりと志童を窘めたこの男。常に志童に付き従い、志童の手となり足となるこの男の正体。
実は天狗である。
名を天羽琉というが、志童から琉の名を受けてからは、その名を俗名としている。妖にとって名とは命ほどに重要である。
ひとたびその名を縛られれば、身を亡ぼすことさえ簡単なのだ。
「絶対おかしい!だって、見ず知らずの女の母親の誕生日をなぜ俺が祝う?祝われる本人だってびっくりだろうよ。大体招待客だって5人6人の話じゃねぇんだ。俺ひとりが行かなくてもなんの問題もねぇだろうが」
「えぇ。志童様ひとりが行かなくても、なんの問題もございません」
「だったら____」
「尊様の代理・・・でなければ、の話ですが」
「ぁあああっ!くそっ!なんであいつはこうもダチ使いが荒いんだ!」
「仕方がありませんよ。なにせ尊様からのご依頼ですから」
「依頼?あれは依頼なんかじゃねぇっ!ただの押し付けだろ?」
「そう変わりはありませんよ」
「いや・・・かわるだろ?全然ちがうだろ」
「とはいえ・・・・」
琉は流れるような手つきでカップに口をつけた。
「普段尊様からの恩赦を考えれば、志童様がこの程度の依頼をお受けしたとしても、まだまだたっぷりと余りあるでしょうから」
「ううっ・・・・」
相変わらずの辛辣な物言いに、志童は言い返す言葉もない。
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