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久遠警部は懐から名刺を取り出し、志童、琉、慶覚にそれぞれ渡した。
慶覚が名刺を見て首を傾げる。
「捜査課零係?」
「えぇ、零つまり、我々は存在しているようで存在しないんですよ」
「存在しない・・・・?」
志童は呟くように聞き返した。
「今日は私たちのことを少し、お話しようと思ってね、ここに来たんですよ」
そう言った久遠時警部は相変わらず何を考えているのかわからない顔で微かにほくそ笑んでいる。慶覚に心を読ませ、雲外鏡に久遠警部を映せばその姿は明らかだろう。しかし志童はしなかった。無駄にこちら側の正体を晒すのを避けるためだった。
「伺いましょう」
志童は頷いた。
「まずは零係についてですが、これは表向きは存在しません。全国の警察はもちろん、警視庁内でもこの存在を知るのは上層部の僅かな人間のみです。担当するヤマは主に、妖の絡んだヤマです。そう・・・ちょうど前回のようなね」
そう言って久遠警部は小さく笑った。
「それじゃぁ、警察のお偉いさんの中に、妖の存在を認めている奴がいるってことか・・・・」
「まぁ、そうなりますね」
志童はごくりと喉を鳴らした。
この妖怪相談所はまさに封印された妖たちが目覚める時の出入り口の役割を果たしている。一体、久遠警部がどこまで知っているのか。それによっては、どんな要求をしてくるかわからない。
志童の背中に一筋汗が流れる。
「まぁこれだけ妖が周辺にいる主殿ですから、もうご存知かとは思いますが、多くの妖は幕末に封印されました」
その言葉に志童の背中に隠れていたルドが、ふーっと毛を逆立てた。
「この場所がその出入口になっていることは、我々も把握しているのですよ。しかし、出入り口はここだけじゃない」
「っ!」
志童はわずかに目を見開いた。が、その横で琉は冷静だった。
「やはりそうでしたか・・・」
「えっ?」
琉の言葉に、志童は唖然とした。
「お前、それ知ってたのか?」
「えぇ・・・、ここからやってくる妖は比較的性質の大人しい者ばかりでしたから・・・。しかし妖と一言に言っても、人を喰らう者、誑かす者、言葉さえ持たぬ者と多くおりますので・・・。先日の肉吸いのような妖がここを通れば、私たちの誰かしらが気づくでしょうが・・・あれはここを通らなかった。とすれば、別にも出入口があると考えるのが自然です。
「流石、琉さんだ!」
久遠警部が手放しで琉を称賛する。どこかわざとらしいその仕草が志童はどうも気に入らない。
「ねぇ、私みたいに封印を免れたってことは考えられないの?」
「なんと!慶覚さんは封印されなかったのですか!」
「え?・・・えぇ・・・」
慶覚を見る久遠警部の表情が光悦としている。
「何を隠そう、この私も封印を免れたひとりなのですよ」
慶覚に向かってそう言った久遠警部は、最大の敬意を払うかのように両手を合わせたあとで、すっと片手を慶覚に向かって差し出した。
「我々は同志・・・というわけですね」
「ハハハ・・・・どうかしら」
慶覚は曖昧に笑って、出された手を軽く握った。
「そうだ・・・・この間から気になってたんだけど、久遠警部は一体・・・」
そう聞いた志童に向かって、久遠警部の眼差しは先ほどと打って変わって憂いが見て取れる。
「そうでしたね・・・今日は私のことをお話致しましょう。私は妖にも人にもなれなかった存在・・・つまり半妖なのです」
___たしか、琉がそんなこと言ってたな・・・
そのことは既に琉の見解として聞いていた志童は落ち着いた様子で深く頷いた。
「そこまでは俺達も、先日の久遠警部の言葉から想定してます」
久遠警部は目線だけで琉を一瞥すると、口の端で小さく笑った。
「そうでしたか・・・。私は妖狐であった父が人間の母に産ませた子です」
「・・・・・妖狐・・・でしたか・・・・」
琉が感慨深そうに頷いた。
「まぁ、半分は人間ということで私が父から受け継いだ能力といえばただこうして生きさらばえることくらい・・・本来の九尾の狐の力は私にはありません。つまらないことですよ。ちなみに生まれは1534年、かの織田信長公と同じ年です」
「のっのぶながぁーーー?」
目を丸くする志童に久遠警部は呆れた眼差しを向ける。
「主殿、何を驚いているのです?琉さんは恐らく私よりも____」
「えっ?そうだったのか・・・・・いや、幕末に封印されたって聞いてそれ以前だとは思ってたけど、まさか・・・・そんな昔だったとは・・・・」
琉は口角をあげた。
「呆れたものですね・・・これだけ多くの妖を使役しておきながら、彼らのことを殆ど知らないとは・・・」
___うぅっ、言い返す言葉もない・・・・
志童はしゅんと肩を落とした。自覚はあった。久遠警部にこう言われてしまえばそれはダメなことにも感じるし、自分ひとりの中だけで考えれば別に名を与えたからと言って、仲間たちの過去を詳細に聞き出すことの方がおかしいことにも思えた。尊ならこんな時堂々と自らの意見を述べるのだろう。しかし、志童にそれはできなかった。正しいと誤りの境界線が志童にはひどく曖昧に思えていたからだ。
「まぁまぁ、逆に考えれば彼らのことを殆ど知らん言うのに、これだけ慕われてる言うのは志童はんの人徳ですわぁ」
それまで黙っていた祇園寺刑事がそう言ってふわりと笑った。
「で、祇園寺さんは・・・陰陽師なのよね?」
「そです。陰陽師言うても稼業は何代も前にとっくに廃業してはります。そこへ突然、僕が生まれたものですから・・・まぁ子供の頃はえらい疎まれましたわぁ。しかしここはえぇかざがしますなぁ。みなが活き活きしてはる証拠ですえ。なぁ、久遠警部?」
そう言ってほくそ笑んだ祇園寺刑事は、半妖である久遠警部よりも妖しく見えた。
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