1/1
前へ
/34ページ
次へ

 久遠警部と祇園寺刑事は、志童の条件をのむ約束を交わし妖怪相談所をあとにした。 「今回は完敗・・・どすなぁ」  黄昏時の銀座の空を仰いで祇園寺刑事は笑った。 「あの志童とかいう男。なかなか食えない男ですね」 「おや、久遠警部も負けを認めることがあるんどすなぁ」 「馬鹿言わないでください。別に私は負けてなどいませんよ。君もあの男の馬鹿がうつったのではありませんか?」 「よーいわんわ!・・・・せやかて・・・あないな関係もおますんやなぁ」 「おや?柄にもなく羨ましいのですか?だったら祇園寺君、転職したらいかがです?」 「久遠警部やきもちどすか?かいらしなぁ」  久遠警部は真顔で祇園寺刑事を一瞥すると、歩く速度を一気に早めた。 「あかんっ、久遠警部?まっておくれやす~」  心なしか会話も増えて、いつもより少しだけ楽し気な2人なのであった。  一方、久遠警部と祇園寺刑事が帰った後の妖怪相談所では___。  一気に気の抜けた志童が、ソファーで干からびた蛙のごとくひっくり返っていた。 「志童様、温かいお茶はいかがですか」  そう言ってテーブルに湯飲みを置くと、琉はクスリと笑みを漏らした。 「今日はあの久遠警部相手に、大変ご立派でした」 「うんっ、志童ちゃんあたしも褒めてあげる!」  そう言って慶覚は志童の頭をめちゃくちゃになでた。 「ぁあ~・・・・・・なんか俺、一週間分の仕事した感じだわぁ~」 「志童・・・それは言いすぎじゃない?この程度でさ・・・尊は毎日今日の志童の一億倍は仕事してると思うよ?」  ルドの冷静な一言に、慶覚も頷いている。 「あー、尊ねぇ・・・いいんだよ、あいつは仕事が趣味なんだよ」  志童は怠そうに体を起こすと、お茶を一口飲み大きなため息をついた。 「でもさぁ・・・実際、よかったのかなぁ?結局協力する方向で話しちゃったわけじゃん?」 「えぇ。志童様のご判断は正しかったかと思いますよ。実際、質の悪い妖が多いのも事実です。私達が封印される前の時代であれば、狐憑きや神隠しなどという言葉で済んだことも、今の世ではそうもいきませんから」  そう言った琉はいつになく、真剣な面持ちだった。 「そうよねぇ・・・・実際妖の存在が公になったら私達だって人間に狩られてしまうかもしれない・・・・」 「えっ!そうなのか?そういう話か?」  驚く志童に琉は真顔で頷き返した。 「いつの世も不確かな存在は恐怖をもたらします。私達が幕末に封印されたのも、元をただせばそんな人間の恐怖心からなのだと思います」 「そうか・・・・そうだよな・・・・お前たちのような能力ももしも公になることがあれば・・・・」  その先を考えて志童は身震いをした。 「よし!あいつらをどんどん助けて、いつかあの久遠警部のすかした顔を崩してやろうぜ!」 「おー!」  ルドと慶覚が拳をあげた。 「さて、志童様そろそろ閉めましょうか。葛葉さんや幾松さん達もあがってくるころでしょうから」 「今日のスケのご飯なんだろなぁ」  ルドが前足で思わず零れた涎を掬いあげた。 「ぉう、みんなにも今日のこと話さなきゃな」  妖怪相談所の灯りが消えて、代わりに最上階の賑やかなひと時が始まる。  そしてこの後、志童の口から語られた今日の久遠警部との一連のやりとりは、軽く3倍増しの武勇伝として仲間たちに語られたのは言うまでもない。
/34ページ

最初のコメントを投稿しよう!

117人が本棚に入れています
本棚に追加