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神隠し
じっとりと湿った風が吹き抜けた。
湿度の高さは梅雨が近いことを知らせているようでもあった。
安全を考慮されて設計されたという小さなアスレチックのような遊具があるだけの公園ではあるが、この辺りにほかに公園はない。
就学前の小さな子供たちがきゃっきゃっと声を上げて、追ったり追われたりしている。
少し離れた木陰で母親たちは井戸端会議に花を咲かせている。
やれうちの旦那がどうだ、やれうちの子は習い事で・・・など、平和な日常の幸せを愚痴という形に変えて吐き出す。
と、駆けまわっていた子供たちの方から、泣き声が聞こえてきた。
母親たちの視線が一気に子供らへと向かう。
男児がふたり、どうやら喧嘩をしているようだ。
その周りで、女児がふたりと男児がひとり。どうしていいかわからずにおろおろとしているのだ。
泣き声の主は、喧嘩の張本人である男児のひとりだった。
「喧嘩するなら帰るよー」
子供に駆け寄ることさえせずに、遠くから母親は叫んだ。
そしてまたすぐに、母親たちは話に夢中になる。
喧嘩の張本人のふたりを残して、他の子供たちは母親たちの元へ駆け寄ってきた。
「ママーっ、喉か湧いたー」
「あたしもー」
「あたしもー」
母親たちはそれでも話すのを辞めない。それぞれバッグから水筒やペットボトルを取り出すと、子供を一瞬見ただけで渡した。子供らは無言でそれを受け取ると慣れた手つきで蓋を開け汗だくの喉を鳴らして一気に水分を乾いた身体へと取り込んだ。
と、その時。
ひとりの女児が母親の傍らに置かれたベビーカーの中を覗き込んで言ったのだ。
「あれ?ママ、たっくんは?」
直後、空っぽのベビーカーを見て、母親たちは青くなった。
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