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死者の誕生日
庵野雲志童が事務所『妖怪相談所』を構えるのは銀座のど真ん中。
8階建ての小さなビルで志童は5年前、ひょんなことから『妖怪相談所』を開くこととなったのだ。ビル自体は親友甲斐尊の叔父の持ち物であり、このビルに志童が住むにあたり、家賃ゼロな上に管理人としての報酬が貰えるときた。
本当はこのビルで度々怪奇現象が起こるとテナントがつかないことに頭を悩ませていた叔父から相談を受けた尊の策略であったが、志童は未だそれをしらない。29歳になった今でも相変わらず、尊の掌で踊り続けている。
面倒くさがりでニートに向かってまっしぐらだった志童が飛びついたのは、容易に想像ができよう。
1階辺りの床面積はたっぷり100平米(約60畳)のビルの最上階が志童たちの生活スペースとなっている。
以前は1階の奥側にちんまりと生活スペースを確保していたのだが、徐々に増えた優秀な部下たちの采配により、今ではこの最上階に高級ホテル顔負けの癒しの空間が広がっている。ここで志童と仲間たちは日々楽しく?過ごしているのだが・・・・。
ここの住人には秘密がある。
それは、志童を覗いた全員がもれなく妖ということだ。
志童の秘書兼執事である琉。
その正体は言わずと知れた天狗である。一部の噂では妖がまだ多くこの現世を我がもの顔で闊歩していた時代、妖イケメンランキングで五本の指に入っていたという。
モフモフの毛に覆われてまん丸い目がチャームポイントなのは、すねこすり。妖怪相談所のマスコットと言えよう。志童からルドの名を受けている。
一見どこにでもいそうな笑顔の可愛い女の子の正体は、覚り。人の考えていることはもちろん、過去のトラウマからあんなことやこんなことまでをも見抜いてしまう、実は怖いお姉さんなのだ。志童から慶覚の名を受けている。
じっとりとした視線、おどろおどろした喋り方ですれ違う人までも一瞬で恐怖に誘う破壊力の持ち主は泣き女。全国の葬儀に出向いては血縁者以上に泣き叫び、故人の死を悼むのである。が、要は泣きたいのだ。泣き女だけに。志童から涙心の名を受けている。
その他にも、2階で美容室を切り盛りする髪切りにお歯黒べったり、屋上にはコロポックル達が住まい、何と屋上がまるまるコロポックル王国になっている。
志童から慶覚たちが名を得たことで、髪切りとお歯黒べったたりはそれぞれ松と葛葉の名を受けている。もちろんお歯黒べったりが葛葉だ。
しかし、これに物申したのがおねえの髪切りだった。
そもそも志童がお歯黒べったりに葛葉となずけたのは、普段お歯黒べったりには口以外の顔がないからである。が、ひとたび顔をつければそれはなんとも雅で美しい。その美しい顔を普段は隠すことから、大きな葉に美しい花を隠してしまう葛葉とかけてつけたのであったのだが・・・・・。
松ではまるで江戸庶民のようではないか!と、駄々をこねる髪切りに困った志童がその場しのぎで松の前に『幾』の字をつけ、幾松で落ち着いた。
ちなみに由来ももちろん志童の苦し紛れではあったが、髪を切ることを通じて人々を幾千幾万にも変身させるから____ということだった。
かくして見た目はもっさいおっさんでありながら、心は完全なる乙女の髪切りこと幾松は、大満足となった。
コロポックル達は大所帯のせいか、既に呼び名がある。
新たに決めたところで、志童自身が覚えていられる自信がない。
そこで、コロポックル達は既にあった名で通っている。
最後に、雲外鏡だ。
普段は1階の事務所に恭しく飾られている。
ルドが雲外鏡を”ばあちゃん”と呼んだことに奮起して、本人が「雲外姉さんとお呼び!」と言ったことで、こちらも雲外姉さんの通称で通っている。
こうした人ならざる者達に囲まれて、庵野雲志童は妖怪相談所の社長としてかつてのダメ人間ニート寸前の状態からの復活を果たしたのであった。
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