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「志童~いるかぁ」  そう言いながら妖怪相談所のドアを開けたのは、志童のもうひとりの親友、一ノ瀬善だった。志童も、尊も、善も幼稚園からのエスカレーター式の私立であったため、3人の付き合いは人生の大半を占めることになる。  善の父親は大手IT企業の社長であり、いずれは善がそれを継ぐ。とは言え、志童ほどではないにしろ自由を求める善は20代のうちだけという約束で、父親の会社を離れ自らウェブデザインの会社を立ち上げていた。  「あっ、善だっ、ぜぇ~ん」  ルドがシルクドソレイユ顔負けの大ジャンプを決めて、善の胸へとダイブする。 「おっルドじゃねぇか!相変わらずモフモフだなぁ~」  善は気持ちよさそうにルドに頬ずりをしながら、ソファーへと腰を下ろすと唯一ある事務机に座る琉に片手をあげた。 「これは善様。今珈琲をお入れいたします。アイスになさいますか?」 「いや、ホットでいいや。いつも悪いな。・・・・で、志童は?」 「志童様なら、先程コロポックル国でお子様が誕生されたとのことでサパさんと共に、屋上へ向かわれました」 「コロポックルってあのちっさい?」 「えぇ」  善はコロポックル国の建国パーティーに参加している。既にコロポックル達とも顔見知りの間柄だった。  少し考える様に天井を仰ぐと、ニコリと笑ってルドを目線の位置まで抱き上げた。 「そらぁめでてぇな。俺らも見に行くか!」 「うん!行こうよ善!おいらさっき見たけどまた見たいっ!ちっさくてさぁ可愛いんだぁ」  善はルドを肩に乗せると立ち上がった。 「琉、わりぃ。俺もちょっと見てくるから珈琲はその後で」 「かしこまりました。エレベーターなら、表から回って2階から乗れますから」 「おうよ」  善は持っていた荷物をテーブルに置くと、そのまま相談所を出ていった。  ひとり残された琉は、不意にパソコンのディスプレイに表示されたニュースへと目をとめた。 「次々と消える赤ちゃん・・・・?」  偶然表示された文字が気になり、クリックすると別のウインドウに記事が掲載されていた。琉はそれを黙って目で追う。 『令和の神隠しか!?』タイトルにつけられた”神隠し”の文字を琉はじっと見ていた。  口元に片手を軽くあて小さなため息をついた。 「嫌な予感がしますね・・・」  琉はそのまま立ち上がると、そろそろ戻って来るであろう志童や善の為に珈琲の準備に取り掛かった。  相談所いっぱいにに珈琲のいい香りが広がった。コーヒーを淹れる優雅な手つきは一片の隙もない。  と、その時勢いよくドアが開かれ相談所が一気に賑やかになった。  「いやぁ~、俺赤ん坊なんて久々見たぜ。しっかしよ、コロポックル達の赤ん坊あれ、体調5センチってとこか?」 「まぁ大人でも30センチくらいだから、必然とそうなるだろ。可愛かったなぁ」 「おっ、善もしかして、ロリコンに目覚めたか?」 「ばぁか、お前と一緒にすんなよ」 「はぁ?俺はロリコンじゃねぇっ!ってかまだ赤ん坊だろうが。ロリコンにもなりゃしねぇよ」  軽口を叩きあう志童と善に、琉は珈琲を差し出した。 「おっ、琉サンキュ。いやぁここで琉の珈琲飲んじまうと、そこらの手ごろな喫茶店じゃ物足りなくなっちまうなぁ」  琉は口元に微笑を浮かべ「おそれいります」と善に頭を下げた。  琉は目覚めて志童の元で日々送る中、珈琲を入れるための研究をひそかに続けていた。銀座で美味しい珈琲を入れると評判の店があればすぐに行ってマイスターの手元をじっと見入る。  既に数店のマスターとは顔なじみである。実に凝り性なところがあった。  志童はこの上なく機嫌が良かった。5年前住むところがないと言ってこのビルの屋上に国を建設したコロポックル達が、毎日着々とこの地に根付き生活を営んでいる。その中で新たに誕生した命の尊さに感動すら覚えていた。 「なぁ、琉はもう見たのか?コロポックル達のとこに生まれた赤ん坊」 「えぇ、私は昨夜のうちに」 「そうか!やっぱさいいよな。生命の神秘ってのかなぁ。あぁいうのなんか感動しちゃうよ」  そう言った志童は心なしか目が潤んでいる。  ルドが二本脚で立ってテーブルに前足をちょこんとついた。 「なぁ、善。それ、何持ってきたんだ?」  テーブルの上には善が持ってきたノートパソコンが置かれている。 「あぁ、これな・・・・。ちょっとここで仕事させて貰おうと思ってな」 「なんだ善、家賃払えなくなったか?」 「ばぁか、志童。お前と一緒にすんなっての。そういんじゃねぇんだよ。ほら、俺んとこのビル、下に保育園入ってんだろ?そこから赤ん坊が盗まれたらしくてよ、警察やら何やらがおしかけてて煩くてよぉ」 「赤ん坊が攫われた?」  怪訝な顔をする志童の横で、琉がはっとしたように顔を上げた。 「私も先ほどそれと関連したニュース記事を見たばかりです。どうも立て続けに赤ん坊が攫われているようですね・・・」 「立て続け?って、そんなに攫われているのか?」  驚く志童に琉は頷いた。 「昨日までで既に25人。どれも母親の近くで目を離したほんの一時に連れ去られているようなのです」
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