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「おふたりは鬼子母神という神をご存知でしょうか?」
「鬼子母神?」
志童と善の声が重なった。
「たしか・・・」と、記憶を探る様に言ったのは善だった。
「なんだったか、子供を攫った鬼の話だったか?」
「えぇ」と、琉は一度頷き話始める。
「鬼子母神は元々は夜叉でした。彼女には多くの子供がいました。その数、百とも千とも言われています。多くの我が子を育てるために、彼女は人間の子供を攫い喰っていたのです。それを見咎めた釈迦がある日、彼女の末娘を隠してしまいます。彼女は気が狂ったように我が子の名を呼び、探しました。そこへ釈迦が現れて、「多くの子を持ちながら一人を失っただけでお前はそれだけ嘆き悲しんでいる。それなら、ただ一人の子を失う親の苦しみはいかほどであろうか」と、彼女を諭したそうです。それでここをを入れ替えた彼女は五戒を守り夜叉から神へなります。鬼子母神の文字も正確には鬼という文字の角を取った文字なんです」
「へぇ~」と志童が頷いた。
「でも、それって神話ってか伝説だろ?実際に鬼子母神がまた夜叉になって舞い戻ったなんてことはねぇだろ?」
「えぇ。その通りです。ただ・・・・・」
琉が口ごもった時だった。
相談所の扉が静かに開いた。
「いっ」
志童はそこに立っている男を見て、思わず身体を仰け反った。
「おやおや、そんなに露骨に嫌な顔をされると、なんだか益々追い詰めたくなってしまいますね」
涼しい顔で言ったのは、久遠警部だった。横に祇園寺刑事もいる。
相変わらずの物言いだ。
「これはこれは、久遠警部に祇園寺刑事ではありませんか。善様、よろしければ志童様のお隣に」
琉に促され善は志童の隣に移動した。
「コーヒーをお持ち致します」
そう言って琉がいなくなると、久遠警部はいつになく不敵な笑みを漏らして祇園寺警部と共に志童と善の向かいに腰を下ろした。
「えっと・・・・志童?」
まるで状況が呑み込めない善に、志童が仏頂面のままため息をついた。
本当は善に紹介するのは気が引けた。
性格のいいとは言えない久遠警部のことだ。善に何を言うかわからない。
「警視庁の警部と刑事だよ」
「警視庁?・・・・って、まさか志童お前っ」
焦ったように志童に詰め寄る善を、志童は面倒そうに押し返した。
どうやら善は志童が何か警察沙汰を起こしたのかと勘違いしたようだ。
なかなかに信用がない。
「バカ野郎、んなわけあるかよ。こいつらは_____」
志童はぴたりと言葉を止めた。
零係の事を、たとえ善であれ口にしていいものか迷ったからである。
「貴方は?」
善に向かって久遠警部は掌を差し出した。
「あ、俺は志童の友人で一ノ瀬善といいます」
善は名刺を取り出すと、丁寧に久遠警部と祇園寺警部に差し出した。
久遠警部は値踏みでもするかのように、善の全身に視線を滑らしている。善の足元で警戒しながら善の足にしがみつつ「善・・・」と漏らしたルドで視線を止めた。
「なるほど・・・・その猫が言葉を発しても驚かない。一ノ瀬さん、貴方はここがどういったところかご存知ということですね?」
「え?あぁ・・・まぁ」
「主殿、一ノ瀬さんは主殿の秘密を知っておられる。それほどまでに信用のおける方・・・、その認識で間違いありませんか」
「あぁ、そうだよ。善は全部知ってるよ。だから別に善の前では普通に話してもらって構わない」
「なるほど」
久遠警部は頷いたが、善は未ださっぱり状況が呑み込めない。
そこへ珈琲を持った琉が戻ってきた。
優雅な仕草で久遠警部と祇園寺刑事に珈琲を差し出すと、善に向かって小さな笑みを漏らす。
「こちらは警視庁でも機密理に組織化された部署においでの、久遠警部と祇園寺刑事です」
「機密理?」
その言葉がピンとこないらしく、善は戸惑うように視線を泳がせた。
「つまり妖専門ってこと」
「はぁ・・・妖専門ですか、なるほど・・・要は全ての妖が琉や慶ちゃんみたいではないということかな?」
「ほう」
久遠時警部がさも楽しそうに口元で笑った。
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