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「とにかくです。貴方方にやって頂きたいことは、この事件の黒幕をおびき寄せアジトを探って頂きたいということです」 「ふざけんな!それって、ほとんど全部じゃねぇか」  志童がむくれ面で頬をかきながら言うと、祇園寺刑事が笑った。  どうやら祇園寺刑事はかなりの笑い上戸らしい。ことに、志童と久遠警部のやりとりにやたらはまっているようだ。  久遠警部はちらりと祇園寺刑事を見て小さくため息をつくと、志童に視線を戻した。 「いえ、確保はこちらが行いますから」 「いや確保だけじゃん。で?囮って具体的にどうすりゃいいんだよ」  ぶっきらぼうに聞いた志貴道に、久遠警部は表情を崩さない。というか、この男は表情が乏しい。志童を馬鹿にするような言葉を吐くときも、琉を称賛するときも同じ顔だ。故に真意が読めない。  それは久遠警部が妖狐の血を引く半妖で、狐だからなのかはわからないが、この男と話していると”化かされている”そんな言葉が妙にしっくりとくる。 「マンションの一室を用意しました。そこで生活を送ってください。人選は主殿にお任せします」 「赤ん坊は?」 「あぁ、それならお気になさらずに。万事上手くいきます」  自分は最後に出てきて犯人___というか、妖なのだがそれを抑えるだけのくせになにが万事うまくいくだ!と志童は思ったが、口には出さなかった。  しかし顔にはばっちり出ていたようで、祇園寺刑事が溜まらないといった風にまた肩を揺らしていた。  志童はあからさまに久遠警部と祇園寺刑事から視線をそらした。  このふたりに付き合ってるとペースは崩されるし、腹は立つしで本当にいいことがない。 「琉、どうする?」  琉は長い指を顎にあて少し考える仕草の後で「はい、志童様」と言葉を続けた。 「ややこがいるならば、女性がいた方がよいかと・・・・」 「そうだな・・・そうなると、慶覚か葛葉ってとこか・・・・」  一瞬涙心も浮かんだが、志童はすぐにその考えをかき消した。  泣き女である涙心は志童でさえも、時々泣き出しそうな程に怖い時がある。  もちろん、涙心が悪いわけではないし、いい奴である。しかし、涙心の笑顔は本当に怖いのだ。  「るうちゃんは?」  「ぁあ?」  ちょうど考えてたことを善に言われ、いささか返事が乱暴になっただろうか。 「ばか、ダメに決まってんだろ。涙心が笑いかけたら赤ん坊が泣くだろ」 「いや、赤ん坊は泣くのが仕事だろ?」 「善、お前はわかってない。赤ん坊が泣くのは意思表示だろ?こっちから泣かしてどうすんだよ!」 「そうかな?るうちゃんの笑顔も結構味わい深いぜ?」 「そんなこと、当たり前のように言えるのお前と尊くらいだろ・・・」  志童があきれ顔でため息をついた時だった。 「ぁの・・・志童・・・様・・・」 「ひっ」  背後から声を掛けられ、とっさに身を固くした。 「るっ涙心かっ」  今の話を聞かれなかっただろうかと焦りながらも、志童は振り返り引きつった笑みを浮かべた。 「涙心、お、おかえり」 「はぃ・・・・ただいま・・・・もど・・・り・・ました・・・」 「あ、あぁ・・・」 「ぁのぉ~・・・そちらの・・・かたはぁ~」  志童が答えるよりも早く、久遠警部が立ち上がった。 「お初にお目にかかります。私は警視庁で機密理に結成された対妖部隊の責任者を務める久遠雪平と申します。貴方はもしや・・・」  泣き女が慌てて身を低くした。 「たたた大変恐縮・・・です・・・涙心・・です・・・・・」 「なるほど、貴方が涙心さんでしたか」 「は・・・・はぃ・・・」  涙心はそのままごそごそと体を動かし、志童達が座るソファーの陰に隠れてしまった。  葬儀であれだけ派手に泣ける涙心であるが、何故か葬儀以外の場所では人見知りである。  散々悩んだ挙句、志童は今回の囮捜査に琉と葛葉を選んだのだった。
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