3人が本棚に入れています
本棚に追加
一番遠くの山で、白いリボンが舞い上がるように花が流れて行った。
「純…」
「厭です」
「はっ、まだ何も言ってないだろ」
「俺、手、離しませんよ」
「後ろがつかえてる。純…今日は純と花見が出来て良かった…。気持ち良く晴れて、花見日和。真っ直ぐ、振り向かないで歩け。龍神が元の場所に運んでくれる」
「篠さん、篠さんも一緒に行こう」
「それは出来ないよ」
「じゃ、俺が此処に居る。俺が篠さんと一緒に居る」
「純…百合子 純、これは上司命令」
「そんな命令聞けません」
「純…」
「また会えるって、また花見に行くって、約束して下さい」
俺は自分でもよくわからないくらい、必死だった。
今、引き留めなければ、二度と会えない。そんな気がした。
明日も明後日も、いつもと変わらずやって来ると、疑いもしなかったから。
今、目の前にいる篠さんは、何処へも行かせない。
篠さんは、やれやれという顔をした。
「わかった。いつかまた会える。あの雫が石を穿つように。出逢いの瞬間か訪れるように。いつか会える。それに、おまえの此処、此処には俺が居るんだろ。だったら、いつでも会えるじゃないか。なっ」
篠さんの指先が胸を突く。
入社して一年余、篠さんの異動の日のことを思い出していた。
頭を下げた足元に零れた涙。
「また、そんな顔する。実は俺、おまえのその顔に弱い。約束するから」
篠さんはそう言って笑うと、掌の火傷の跡を確かめて、髪にクシャッと触れた。
「さぁ、行けっ」
背中がドンっと強く押された。
最初のコメントを投稿しよう!