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少し歩くと、滝に落ちる激しい水音が聞こえて来るはずなのに、何も聞こえない。
逆から来たからといって、一方通行の道を間違えることはない。
「玉虫之滝」
滝は流れを止めていた。
いつもはかき消されているだろう、ささやかな水音が聞こえる。
覗き込む滝壺は、水鏡のように澄んでいた。
時折落下する雫が波紋を作り、またしんとして透き通る。
水面が玉虫色にキラキラと光って見えた。
「そんなに覗き込んだら吸い込まれてしまう」
そう言って、抱き留められた。
篠さんがあまりに近くて、滝の音が、胸の鼓動に重なって、俺は篠さんに口づけをしたのだった。
メンソールも香らない。
ただ、水音と二つの鼓動。
あの時は確かに生きていたのに。
篠さん…。
唇も、腕も、繋いだ手も、
確かに温かく、生きていたのに…。
鏡の中に、大勢の人が見える。
人混みの中の篠さん…。
別名「心中水鏡」
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