虹霓の彼方

5/18
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/18ページ
少し歩くと、滝に落ちる激しい水音が聞こえて来るはずなのに、何も聞こえない。 逆から来たからといって、一方通行の道を間違えることはない。 「玉虫之滝」 滝は流れを止めていた。 いつもはかき消されているだろう、ささやかな水音が聞こえる。 覗き込む滝壺は、水鏡のように澄んでいた。 時折落下する雫が波紋を作り、またしんとして透き通る。 水面が玉虫色にキラキラと光って見えた。 「そんなに覗き込んだら吸い込まれてしまう」 そう言って、抱き留められた。 篠さんがあまりに近くて、滝の音が、胸の鼓動に重なって、俺は篠さんに口づけをしたのだった。 メンソールも香らない。 ただ、水音と二つの鼓動。 あの時は確かに生きていたのに。 篠さん…。 唇も、腕も、繋いだ手も、 確かに温かく、生きていたのに…。 鏡の中に、大勢の人が見える。 人混みの中の篠さん…。 別名「心中水鏡」
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!