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いつの間にか、前を歩く人たちの姿がなかった。
この高さ…。
足元が透けて見えた。
突然、鳥肌が立つような、背筋が凍るとはこんな感じだろうか。
振り返ろうとすると、握った篠さんの手に力が入る。
「純、後ろを見るな。前だけ。桜の咲く山だけ見てろ」
「篠さん…俺…ずっと、こうして…篠さんと桜を見て居たい…」
「バーカ。桜は春にしか咲かんだろうが」
「じゃ、最後の一輪が散るまで、こうして居たい。龍神の降らせる優しい雨に濡れて居たい」
「純…」
「また、来年も再来年も、此処で、この桜が見られますよね?また、人混みの中から俺を見つけて、連れて来てくれますよね」
「純…同じ桜は咲かない。今、この瞬間だけ…」
「篠さん、篠さん、わかった、わかったって、いつもみたく言って下さい」
「純…無茶振り…」
「厭です」
「駄々っ子だな」
篠さんは、柔らかく、淋しそうに笑った。
何か、ざわざわとしたものに背中を押されている気がして、少しでも長く、篠さんと一緒に居たかった。
いつも通り、いつもと同じ、だと思いたかった。
絡めた指を一層強く握りしめた。
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