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春になり、春風の精霊達が野山を駆け巡り、大地に春を伝えます。
とある春風の精霊が、担当する北の大地に向かって飛んでいました。
「もし、そこを行く風の御方」
大地から声がしました。
見ると、タンポポの花の精が風の精を呼び止めていました。
「なんだね?」
春風はタンポポの花の周りで渦を巻きます。
「我が子達を運んでいただけませんか?」
「ああ、よいよ。しかし、風に乗れるのか?」
「ご心配なく。この子達には綿毛を持たせてありますので」
タンポポの子供達は、その手にしっかりと、綿毛を握っていました。
「では行こう。しっかりと乗るのだよ」
風はタンポポの子供達が乗りやすいように風を巻きました。
子供達は上手に風に乗り、ふわりと舞い上がりました。
「適当な所で置いていってください」
タンポポの花が子供達に向かって手を振りました。
子供達は初めての空に、怖がる子、面白がる子と色々です。
「怖いわ怖いわ」
その中でも特に泣き虫の子がいました。
「何言ってんの。新しい世界を見るんだ。楽しみだよ」
特にウキウキした感じの子が言いました。
「私は嫌よ。私はもう怖いから降りるわ」
そう言って泣き虫の子が風から離れていくと、
「私も」
「私も降りる」
と、ほとんどの子供達が風から降りて行ってしまいました。
「なんだみんなしてだらしない」
特にウキウキしていた子は風の精のすぐ横で一緒に飛び続けます。
「君はいいの?」
風の精が聞きました。
「私はもっといろんな物を見たいわ」
ウキウキしていた子が言いました。
「私は日当たりのいい所がいいんだ」
みんな降りたかと思ったら、もう一人残っていました。
「おやまだいたのか」
ウキウキしていた子と、残っていた子は、空から大地を眺め、楽しみながら風に乗って行きました。
やがて、とある朽ちかけたバスの停留所を発見し、
「あそこが日当たりがよさそうだわ」
と、残っていた子が別れを告げて、そこに降りていきました。
ウキウキしていた子はその後も風と飛び続け、他の風達とも挨拶をしたりして、飛んでいきました。
すると突然、下から巻き上がるような風が吹き、風の精もその子もバランスを崩してしまいました。
風の精が体勢を整えて前を見ると、そこには悪戯好きの同じ春風の精。
自分の担当した地域が終わったので、からかいに来たのでした。
「またお前か!」
「相変わらずどんくさいな」
そう言うと悪戯好きの風の精はあっという間に飛んで行ってしまいました。
残った風の精が周りを見渡しますが、あのウキウキしていた子が見当たりません。
どうやら落ちてしまったようです。
「しまった。あの子を落としてしまったか。仕方がない。私も仕事があるから急がねばならない。許しておくれ」
そう言って、春風の精は北に向かって飛んで行きました。
担当した北の地域に着き、春風の精は大地に向かって叫びます。
「おーい! 春が来たぞ! 皆起きろー!」
その声に反応し、大地から小さな花や草が目を覚まし、空に向かって伸びをします。
「おんじい。調子はどうだい?」
樹齢500年を越える松の木に話しかけます。
「おお、今年もよう来たの。わしは変わりないぞ」
緑の葉を風にザワザワと揺らしました。
「今年もここが最後かい?」
「ああ、これから風の御所へ行って帳簿を付けに行くんだ」
「毎年ご苦労なこった。来年もよろしくのう」
「もちろんさ」
それから風はおんじいや野の花たちと話をしました。
「じゃあ、また来年!」
「ああ、また」
皆は風を見送りました。
風も皆に手を振りながら、風の御所へ向かって飛んで行きました。
その少し後で、
「ここはいい土地だな」
と話しながら、二本足で歩く動物達がやってきました。
一年経ち、また春風が大地に春を告げに忙しく飛んで行きます。
昨年タンポポの花に呼び止められた所で、今年も呼び止められました。
しかしそれは昨年のタンポポの花ではありません。
「春風さん」
「やあ、君はあの泣き虫の?」
「ふふ、そうです。姉妹達も半分位しか生き残れませんでしたが、私はおかげさまで子供ができました」
花は小さな子供達をたくさん抱えていました。
まだ小さいので風に乗せるには無理なようでした。
「良かった良かった。また何かあったら呼んでくれ」
「はい」
そして風は忙しく空へ舞い上がりました。
しばらく飛んで行くと、朽ちかけたバスの停留所が見えました。
「春風さん」
風はまた呼び止められました。
「やあ、元気そうだね」
「ええ。ココはとても日当たりがよくて。子供達ももう巣立って行ってしまいました」
「そうかそうか。良かったね」
風は手を振り、また空へ舞い上がりました。
しばらく行くと、
「春風さぁん」
また呼ぶ声が聞こえます。
キョロキョロと探すと、こちらに向かって手を振るタンポポの花が見えました。
「もしかして、君はあの時落ちてしまった?」
「ええそうよ。なんとか無事に着地できて、根を下ろせたの。子供達ももう見送った所よ」
「そいつは良かった。あんたのことはずっと気掛かりだったんだ」
「ありがとう」
そして別れを言うと、また春風は空へ舞い上がりました。
そして少し行くと、また下から巻き上がるような風が。
「うわあ」
「相変わらずどんくさいな」
「またお前か!」
今年こそは我慢ならんと、風の精は悪戯好きの風を追いかけ回しました。
「すまんすまん」
全然悪びれていない風に悪戯好きな風は謝って去って行きました。
上司に言わないと行けないかもしれないと考えながら、風の精は飛んで行くと、別の風の精に会いました。
その風も担当した地域を終え、風の御所へ向かっているのでした。
その風と挨拶をすると、
「良くない噂を聞いた。早く行ってやれ。もういないかもしれないが」
その風の精は担当した地域でとある地域の木々がなくなったという噂を聞いたのでした。
まさかと思いながら、風の精はもっと早く飛んで、いつもの担当した地域にやってきました。
そこは、今までの景色とは全く違っていました。
今まで木が生い茂っていた場所に、四角い大きな石造りの建物がドンと建ち、小さな草花が咲き誇っていた場所には、石が敷き詰められ、地面が見えなくなっておりました。
「そんな・・・、そんな・・・」
おんじいも、野菊も野スミレも、何もかもがいなくなってしまっていました。
風は力なく石造りの地面に降り立ち、膝をつき、うなだれました。
「みんな、みんないなくなってしまった・・・」
「春風さん」
うなだれていた風に、誰かが声をかけました。
顔を上げると、僅かな地面に植樹された若木達が春風を見ていました。
「どうか嘆かないでください。まだ私達がいます。よそ者かもしれないけど、毎年あなたが来るのを待ちます。先住の方達の代わりに」
「話を聞かせてください。ここにいた方達のことを」
「私達はそれを語り継いで行きましょう」
若木達は風を励ましました。
「ありがとう・・・」
風は涙を流しながら、そこに居た木々、草花のことを話し始めました。
若木達はそれを嬉しそうに聞いていました。
石造りの建物から、二本足で歩く動物達が二人、出てきました。
そのうちの眼鏡をかけた方が言いました。
「とても良い設備だ。環境にもいいし、低コストだし」
白衣を着た方が笑顔で答えました。
「お気に召されてようございました。ここで新たに環境に良い製品を作りましょう」
「ああ、期待しているよ」
「はい」
植樹された木々の間を、風が通り抜けていきました。
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