第三章 4、真実

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 私は、暖炉で温まった部屋の、ソファに座って本を読んでいた。  可愛い家だった。  本は、お母さんが買ってきてくれた、海外の絵本。実際の事件をモチーフにした、ノンフィクション絵本だ。  子どもを殺害した男女の話を読んでいると、お母さんがコーヒーカップを片手に隣に座った。 『面白いでしょ、その本』 『うん、人間って、面白い』 『あら、本当にカホちゃんは見所があるわ。あとで、いつものお勉強をしましょうね』 『うん。この前は顔の剥ぎ方だったよね。カホ、上手にできた!』 『ええ、カホちゃんはとても上手よ。今日はね、頭のなかを見てみようと思うの。興味ない? 俗にいう脳みそが、どんなふうになっているのか』  お母さんは、物知りだ。  私は、お母さんに褒められることが嬉しかった。何より、お母さんが教えてくれるコトはどれも面白くて、興味があって、もっと知りたいという気持ちがとても強かった。  純粋なる探求心で、私は、母が用意した実験体を解剖してきた。  けれど、その日は違った。  予定をしていた「お勉強」を、することはなかった。  なぜならば、ふいの来客があったからだ。  とても寒い日で、窓が結露しているのが印象的だった。暖炉の薪の消費も、多かったと思う。  呼び鈴が鳴って、お母さんが玄関へ向かった。お母さんの軽やかな声。客人は若い男性のようで、二人は親しいようだった。  リビングへ、お母さんが若い男性を連れてきた。  けれど、私の記憶に、男性の顔はない。  もやがかかっていて、男性の顔だけが、思い出せないのだ。もしかしたら、覚えていると思っている声も、自分で作り出しているのかもしれない。  私はまだ、このとき訪れた若い男性について、思い出せていないのだ。  男性は私を見て、お母さんに詰め寄った。 『どうして、女の子がいるんです?』 『育てているの、私の世継ぎよ。現代のジャックザリッパー二世、ってところかしら。見所があるのよ、この子』  お母さんは、そう言って、また、私の隣に座った。  若い男性はしばらく私を見ていたが、やがて、立ち上がると、お母さんへ強い口調で言った。 『この子は相応しくありません』 『あら、見る目がないのねぇ』 『いいえ。あなたに、相応しくないのです』  途端に、お母さんが立ち上がる。いつもお母さんはベルト部分に鋭利すぎるナイフを隠していることは、知っていた。それを取り出して、若い男へ向ける。  私は、ちらっとだけ二人を見たけれど、絵本のほうが楽しくて、絵本の続きを読んだ。 『面白い子だ。この子、僕にください』 『お断り。せっかく見つけた宝物なのよ。彼女は、犯罪の歴史を変える。かつてないほどに、甘美な世界で、私を酔わせてくれるわ』 『愚かな』  お母さんの表情が、すっと、なくなった。感情のない、美しい顔で、若い男性を見る。 『そんな使い方、勿体ない。そうだ、僕があなたの世継ぎを代わりに用意してあげましょう。ですから、この子、僕にください。今行っている実験に、適している』 『いやよ、カホちゃんは私のものだもの』 『どうせ、どこかから盗んできたんでしょう?』  暖炉のある家で、お母さんと暮らしたのは、どれくらいだったんだろう。  そんなに長くはなかったと思う。  このとき訪れた若い男性に、お母さんは私の目の前で殺された。  そして、男性は私に手を伸ばして――。  そこから、私の記憶はぷっつりと途絶えていた。
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