第三章 5、呆気ない終わり、そして、はじまり

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「あなたが、現代のモリアーティじゃないの?」  呟いた瞬間。  男は目を見開いた。 「……なんだと?」 「あなたは、誰」 「お父さんさ。渡月、きみの」  一歩近づいた男から、一歩離れる。男は軽く舌打ちをして、立ち止まった。 「もとに戻るんだ。きみは何も知らないままでいい。牧場に放たれ、飼われていると知らないまま、自由だと思い込む家畜でいるんだ。いずれ、使い時がくるその日まで」 「あなたの言ってることはよくわからないけれど、私はもう、私らしく生きるの」 「駄目だ。今なら許してあげよう渡月。きっと、教授はこのことをまだご存じない。なかったことにしよう。すべて、元に戻すんだ。さぁ、渡月」  男が、手を伸ばしてくる。  一歩近づかれるたびに離れるが、やがて、壁に背中が当たった。これ以上は逃げられない。男の目は血走っていて、何かに追い詰められているようにも見えた。  男の手が、私の手首に触れる。  そう思ったときに、風船が割れるような音がした。  男が目を見張って、前にゆっくりと倒れてくる。ぶつからないように横によけると、男は壁に顔面を殴打して、そのまま力なく床に転がった。  男は、動かない。  後頭部の髪の隙間から、あふれるように真っ赤な血がこぼれていた。 「え。え、なん、で」  何が起こったのだろう。わからない。けれど、男がいきなり倒れたということは、確かだ。  今は、逃げるべきだ。
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