1、須藤先生との最悪な出会い

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「今から、学校ですか?」  男性の声に、はっと我に返った。凝視してしまったことに気づいて、俯き加減に頷く。今更だが、本当に整った顔立ちをしているひとだ。芸能人、というよりも、モデルのように目を引く煌びやかさとカリスマ性がある。おまけに、声まで柔らかくて美しい。  道をいく人々が彼を振り返らないのは、男性が露店の準備にいそしんでおり、なおかつキャスケットで顔がよく見えないからだろう。  これだけ美丈夫ならば、生活するうえで困ることも沢山あるだろうな、と考えて、私はすぐに考えを改めた。でも、接客では役立つだろう。  沈黙が下りて、やっと、私は葉っぱをカサカサと触り続けていることに思い至った。すっと手を離す。 「あ、あの。ここで、販売してるんですか」 「ええ、不定期にならのあちこちで露店販売をしているんです。手作りアクセサリーなどを」  アクセサリー!  何を隠そう、私はハンドメイド作品が大好きだ。今腕につけている紐も、鞄につけたストラップやブローチも、ネット通販や直販で購入したハンドメイド作品だった。 「やっぱり。昨日まで、見かけなかったな、って思ったんです」 「気づいてくれて、ありがとう」  微笑んだ男性に、私は曖昧に笑みを返した。黒縁眼鏡の奥、柔和に笑みを描く瞳は、どこか無機質で、私の心をざわりとさせた。  ふと、男性が笑みを消した。  その豹変ぶりに、私が反応する前に。 「臆病だな、きみは」  酷く、冷徹な声音が耳を打つ。美しい声というのは、冷徹さをもつと、鋭利な刃物のようになると知った。  ざわついていた気持ちが、凍っていく。 「言葉と本音は、違うものだ。人を軽蔑して自分にふたをする前に、世間を学べ」 「――っ」  一体なのが起きたのだろう。ここにいたくなかった。  踵を返して、通勤に向かう人々の間を縫うように走る。全身が脈打っていたが、それは、走ったからか、あの男性の言葉のせいか、わからない。  ただ、なぜ初対面の男性にあんな言葉浴びせられなければならないの、と理不尽な怒りと悲しさで、ただ唇をかみしめた。  このまま家に逃げ帰ってしまいたかったが、あいにく、予鈴の時間が近づいている。私は、大きく深呼吸をして、自動販売機で冷たいお茶を買うと、一口飲んで心を落ち着かせた。  よし、忘れよう。  今日は、実技授業や初めての選択授業もある大切な日だ。  リュックを背負いなおして、専門学校へ向かう。  忘れようと思うし、考えないようにするのに。さっき、男性に言われた言葉が、棘となって心をさし続けていた。
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