5、須藤先生は、やっぱり少し、変わっている

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 バイト先である先生のアトリエへ入った私を見て、先生は目を瞬いたあと、口の端をつりあげた。 「随分と機嫌がよさそうだな」 「わかるんですか」  無表情だね、とか、何を考えているかわからない、と言われた経験しかない私は、先生の言葉にきょとんとした。 「きみは自分が思っているよりも、喜びの表出が顕著だ。無表情になるときは、機嫌が悪いか興味がないときだな」 「人間観察が趣味ですか?」 「ほら、今、まさに無表情だ。気分を害している」 「……今日は何をすればいいんですか」  どこか馬鹿にしたような享楽の含んだ声音に、私の声は、自分でもわかるほど冷ややかになっていた。先生は、そこには触れず、いや、気づいていないのかもしれないが、「ああそうだ」と言って手を打った。 「気分転換に、今日は軽く体を動かす予定だ。気に入りの散歩コースを回ろうと思う。最後までついてこい」 「わかりました」 「どこへ、とか、どれくらい、とか、聞かないのか」 「……どこへ行くんですか?」 「秘密だ」  ふふん、と笑って見せる先生は、せっせと出かける準備を始めた。いくつかのアクセサリーをつけたのち、春の終わりにぴったりな、薄手のトレンチコートに袖を通している。派手ともとれるワインレッドなのに、先生が着ると一昔前の俳優のように、レトロな美しさがある。そこに、現代チックなシルバーアクセサリーを取り入れているのに、違和感なく相乗効果で先生を男前に見せていた。  私も、出かける準備として持ってきていた手提げ鞄から、上衣の着替えと腰に巻くタイプの登山用の鞄を取り出した。  先生と一緒に出歩くことを考慮して、学校と同じ服はよろしくないと、シャツの着替えももってきている。用意周到な私は、よいしょ、と着ているカーキ色の袖の長いシャツを脱いだ。  着替えは、半袖のボーダー柄のシャツと羽織りに近い薄いカーディガン。どうしてもクラスメートの目を気にしてしまうのは、平穏な生活を送りたいからだ。という、自分自身への言い訳は、そろそろ通用しなくなっている。
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