第二章 1、渡月は、認めたくない

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 先生の声音は、淡々としていた。今の先生は、まるでインプットされた言葉を流す機械のようで、人の感情に敏感な私でも、何も感じることができない。 瞳も、ガラス玉のように無機質だ。  先生は、本当に「普通」の、どこにでもいる非常勤講師でありハンドメイド作家だ。もっとも、他に仕事をしているのかなど、先生について知っていることは殆どない。私は先生を知らない。先生が私を知らないように。 「なんだか、急展開ですが」  私は、呟くように言った。 「とてもきれいな方ですね。お父様のお写真はないんですか?」 「実家にある……が」  先生の瞳が、泳いでいた。誤魔化しだとか、そう言った挙動不審なものではなく、混乱に近い印象を受ける。 「話を誤魔化そうとしているわけじゃありません。先生のことを、知らなかったので、知ることができて嬉しいんです。お父様のお顔も見たいなって、思って」  慎重に、言葉を選ぶ。そこに偽りは微塵もなく、自分の気持ちを整理しながら、本当に伝えたいことを、告げるのだ。 「先生のこと、もっと聞いてもいいですか。嫌なら、黙秘権を行使で」 「何を知りたいんだ」 「年齢とか?」  途端に、先生が顔をしかめた。はぁ? と聞こえてきそうだ。 「今のいままで、知らなかったのか」 「今も現在進行形で知りません」 「三十二だ」 「そうですか」 「それだけか? 聞いておいて」 「はい。まぁ、予想以内なので、なんとも」 「きみが私について聞くのは、初めてだな。面白い、出来る限り答えてやろう」  なぜそんなに偉そうなんだろう。先生の情報は、そこまで機密事項なのか。などと思ったが、先生について未だに大多数の女生徒は興味深々だ。  私生活についてなら、どんなことでも知りたいだろう。
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