第二章 1、渡月は、認めたくない

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「じゃあ、ご職業はなんですか?」 「見ての通り、アクセサリー作家だ」 「稼げるんですか?」 「素人には難しいだろうな。祖父母の知り合いのコネもあって、リピーターがいるんだ。大体がオーダーだから、一つが高値で売れる。あとは、不定期で教室をしている。非常勤講師としての収入も僅かだがある。そのほかに、細々とした手にとりやすいアクセサリーを、京都のほうへ卸しているんだ。それも、まぁまぁな売り上げだな。あとは、息抜きに露店販売に出ることもある……これは、滅多にないんだが」 「手広いですね。そんなに作れるんですか?」 「いや。オーダーに関しては、ものによっては数日かかるしな。収入面で言うと、父が私に残した土地を駐車場として貸しているから、定期収入がある。言っておくが、ハンドメイドの量産はできない。手作りでないと、美しくはないからな。鏑木くんが来てくれてから、かなり助かっている。このまま、下準備や事務的な部分を頼みたい」 「……あのう、その件なんですが」  私がやや俯き加減に口をひらくと、先生は目じりをつりあげた。まだ何も言っていないのに、怒る気だ。でも、伝えておかないと。 「もうすぐ、一段階実習があるんです。実習自体が初めてなので、どんな感じかわからないんですけど。担任の先生が言うには、実習先へ行く途中で『学校やめます』って電話をして、姿を消した生徒もいるとかで。精神的にきついらしいんです」 「……ほう」 「帰ってからのレポートもあるし、これまで通りこれないかもしれません」  先生は、突然がしがしと頭をかいた。自堕落だが清潔感のある先生の髪は、フケ一つなく、さらさらだ。やはり、手伝いをする者がいなくなるのは、先生の予定を大幅に狂わせてしまうのかもしれない。 「なんだ、くそっ」 「すみません。お忙しいときだったんですね」 「違う、てっきり辞めるのかと」 「え。バイトをですか? 辞めないですよっ! 少し厳しくなるだけで、実習が終わってからはバリバリきたいです!」  体を乗り出せば、わかったわかった、と先生が宥めてくる。 「実習というのは、学校であるのか。今、実習先とか言っていたが」 「それぞれ決められた施設へ二週間、直接行くんです。私は特養に決まりました。社会福祉法人円城寺丸会って知ってますか?」
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