1、須藤先生との最悪な出会い

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 彼は、私を覚えていないに違いない。  私がそう確信したのは、授業が淡々と進んでいくからだ。選択授業は、一組と二組の合同ゆえに、見覚えのない生徒もいる。そんななかの一人として、私もいるわけだが、今朝の失礼極まりない発言をしたクラフト教師は、私のほうをちらりとも見ることなく、高齢者の年代に合わせたクラフトについて、説明をしていた。  後半、実際にやってみようと、ちぎり絵をつくった。めでたい柄の和紙を、鯛や猫、ヒョウタンの形に指で丁寧にちぎり、ミニ色紙に張り付けるというものだ。  物づくりは、好きだ。  決められた道を進む物理や数学は苦手だが、自由な発想を飛ばせる美術は、関わるだけで心が柔らかくなる気がする。  授業は、ミニ色紙に、日付けとめでたい言葉を一言入れたところで、終わった。作った作品は各々持って帰るため、生徒たちは作品を片手に教室を出ていく。  私も、自分の教室に戻ろうと、作ったミニ色紙を持った――いや、持とうとした。  だが、ついさっきまで手元にあったはずの色紙が、どこにもない。 「どうかしましたか?」  クラフト教師が、私の異変に気付いて声をかけてくる。その頃には、教室に残った生徒は私だけになっていた。 「あの、色紙がどこかにいってしまったみたいで」 「これですか?」  クラフト教師の手の中に、私がつくった、赤色の瓢箪を張り付けた色紙があった。ぱっと微笑んで手を伸ばす。 「ありがとうございます!」 「――舐められたものだな」  あ。  聞き覚えのある、冷ややかな声。クラフト教師の柔和な笑みは消えて、半眼になり、ため息までついている。私、何かしちゃったのだろうか。  というか、この人は、何か嫌なことがあると、態度を豹変させる人種なのだろうか。 「そうは思わないか?」 「え? えっと……何が」 「生徒だ!」  クラフト教師は、軽く机をたたいた。それでも、ドン、という音が教室内に響いて、私は体をびくつかせる。 「二クラス合わせて、たった十人? 八十人中、十人?」 「はい、あの……メイクと茶道は人気があるみたいで」 「クラフトのほうが楽しいだろう!」 「ひとそれぞれじゃ」  言ってしまってから、後悔した。クラフト教師の目が、私を捉えたのだ。 「きみから、そんな言葉が出るなんてな。自分の考えを他者に押し付けて見下し、被害者ぶる人種だと思っていた」  露骨に、軽蔑した声音だった。なぜまた、こんなにも罵倒されねばならないのか。  悲しさよりも、怒りよりも、呆れに近いものを覚えた私に、クラフト教師は、付け加えるように言った。 「今朝も、会っただろう?」 「う」 「なんだ、その、う、というのは」  私は、視線を泳がせたが、沈黙が下りただけだった。返事を待っている気配を察して、口をひらく。
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