第二章 3、渡月の、秘密

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「母親も、海外か」 「いませんよ」 「そうか」  先生は、そこは深く問わなかった。聞かれてもわからないので、助かったと思いながらパスタを頬張る。母親に関しては、会ったこともないし、話を聞いたこともない。他界したとか、離婚したとか、そんなことも知らないのだ。  それが、当たり前だった。  これまでの私は、自分自身が生きてきたすべてが「当たり前」なことだったから、違和感などなかったし、正しいことだと思ってきた。けれど、先生に会って、みこちゃんたちと話して、バイトの接客でいろいろな人とお話して。  私のなかの価値観が大きく変わり、同時に、私自身へ違和感を覚えた。  海外赴任中のお父さん。  毎朝、電話がくる。とてもやさしい声で、私を心配してくれている、お父さん。  でも、私は一度として「お父さん」の姿を見たことがない。  会ったことがない。 ――私は、お父さんの顔を知らない。  ***
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