2、須藤先生は、ちょっぴり理不尽

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 なんの用なのだろうか。  まさか、クラフト教師はサイコパスで、私を連れ込んで惨殺するつもりではないだろうか。だとしたら、何か手掛かりを残しておかないと。次の被害者が出る前に、死体と犯人を特定してもらう必要がある。  私は、鞄からハンカチを取り出して、クラフト教師のアトリエのすぐ近くにある電信柱、その死角になる部分のでっぱりに、ハンカチを巻き付けた。 「……何をやってるんだ」 「目印です。私がいなくなっても、誰かが見つけてくれるように」 「それをお前の私物だと知っている者は何人いる?」 「たぶん、いません。でも、警察が調べたら、指紋とか――あれ」 「なるほど、警察沙汰になるようなことを、私がすると思っているのか」  足音さえ聞こえず、空気に溶け込むような美声だったがゆえに、自分以外に誰かがいるなんて――いや、現れていたなんて、気づかなかった。し  恐る恐る、ハンカチを結ぶ姿勢のまま背後を振り返ると、今日何度も見た美丈夫が半眼で私を睨んでいた。  学校でクラフトの選択授業を教えていたときの白シャツ黒スーツ姿と違い、ややだぼっとした簡素なシャツとズボンで、見るからに作業着といった風体だ。両手足の袖あたりには、ほつれた箇所もある。 「ひっ」 「人を妖怪みたいに」 「違います、妖怪は怖くないです。先生だから怖いんです!」  はぁ、と露骨にため息をついたクラフト教師は、頭痛をこらえるように軽く頭をふった。私は、今更隠せるとは思えなかったが、ハンカチをほどいてポケットにつっこみ、作り笑顔を浮かべた。 「あ、あの。……来ました。鏑木渡月です」 「見ればわかる、馬鹿にしているのか」  クラフト教師は、踵を返すとアトリエのほうへ歩いていく。 「もう帰っていいですか!」  思い切って、やや大きめに声をかけてみる。クラフト教師は足を止めて、肩越しに振り返ると、わざとらしく目を見張ってみせた。 「まさか、そこまで馬鹿なのか? お前は何をしに来た」 「呼ばれたから」 「なぜ呼んだと思っている?」 「……嫌味?」  素直に感想を漏らすと、クラフト教師はにやりと笑った。嫌な予感のする、感じのよろしくない笑みだ。 「とにかく、中に入れ。呼んだ理由は中で話そう。単位がいらなければ帰っても構わない」  酷い。なぜこの人は、いちいち突っかかってくるんだろう。  職権乱用も甚だしい。なのに、私はここではっきりと「帰りますから」と言えない性分でもあった。  それに。きょろ、と周りに目を向ける。
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