第三章 1、最後の期間

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 夏の終わり頃から連絡がこなくなっていたから、二か月ぶりくらいになる。携帯電話を片手に、私は固まったまま表示された名前を見つめた。  ややのち、決意して、電話に出た。 「はい。渡月で――」 「鏑木くん、いるか」  突然ドアが開いたため、咄嗟に通話終了ボタンを押した。先生を振り返ると、申し訳なさそうに眉をさげている。 「すまない、電話中だったか」 「……いえ、大丈夫です。何か?」 「下着がないんだ、知らないか?」 「一階の休憩室、洗濯物置き場になかったですか?」 「ああ。グレーのトランクスが一枚しかない」 「ボーダー柄のものも一緒に置いておきましたよ」 「もう一度探してみる」 「新品の下着を買ってあるので、おろします」 「頼む。どうも、荷造りうんぬんは面倒だ」  深いため息をつく先生は、心の底から面倒そうな表情をしている。自分の身の回りのことさえ面倒くさくてやらない人が、数日分の旅支度をするのは苦痛だろう。まだ、即売会や講演、教室などの、仕事関係の身支度ならばよいが、今回は帰省。完全なる、私情なのだ。 「手伝いましょうか」 「ああ、助かる……と、それは?」  秀麗な眉をひそめて、先生は床に落ちていた小さな袋へ視線を落とした。 「これ、みこちゃんがくれたやつです。今、開けようと思ってて」 「ほう。例の友人からのプレゼントか」  興味をそそられたらしい先生は、どかっと目の前に座ると、顎をしゃくる。早く開けろと言っているのだ。長い足で胡坐を組み、顎肘をつくだらしないポーズなのに、持ち前の美しさが、無駄に先生を男前に見せている。 「今開けます。あ、先に一言だけメールをさせてもらってもいいですか」 「ああ」  お父さんからの電話が、激しく気になっていた。お父さんに、出られなくてごめんなさい、とだけ謝罪のメールを送っておく。
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