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夏の終わり頃から連絡がこなくなっていたから、二か月ぶりくらいになる。携帯電話を片手に、私は固まったまま表示された名前を見つめた。
ややのち、決意して、電話に出た。
「はい。渡月で――」
「鏑木くん、いるか」
突然ドアが開いたため、咄嗟に通話終了ボタンを押した。先生を振り返ると、申し訳なさそうに眉をさげている。
「すまない、電話中だったか」
「……いえ、大丈夫です。何か?」
「下着がないんだ、知らないか?」
「一階の休憩室、洗濯物置き場になかったですか?」
「ああ。グレーのトランクスが一枚しかない」
「ボーダー柄のものも一緒に置いておきましたよ」
「もう一度探してみる」
「新品の下着を買ってあるので、おろします」
「頼む。どうも、荷造りうんぬんは面倒だ」
深いため息をつく先生は、心の底から面倒そうな表情をしている。自分の身の回りのことさえ面倒くさくてやらない人が、数日分の旅支度をするのは苦痛だろう。まだ、即売会や講演、教室などの、仕事関係の身支度ならばよいが、今回は帰省。完全なる、私情なのだ。
「手伝いましょうか」
「ああ、助かる……と、それは?」
秀麗な眉をひそめて、先生は床に落ちていた小さな袋へ視線を落とした。
「これ、みこちゃんがくれたやつです。今、開けようと思ってて」
「ほう。例の友人からのプレゼントか」
興味をそそられたらしい先生は、どかっと目の前に座ると、顎をしゃくる。早く開けろと言っているのだ。長い足で胡坐を組み、顎肘をつくだらしないポーズなのに、持ち前の美しさが、無駄に先生を男前に見せている。
「今開けます。あ、先に一言だけメールをさせてもらってもいいですか」
「ああ」
お父さんからの電話が、激しく気になっていた。お父さんに、出られなくてごめんなさい、とだけ謝罪のメールを送っておく。
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