第三章 2、須藤先生は、我儘だ

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「先生」 「なんだ」 「昨日から、怒ってます?」 「……」 「その無言は肯定ですね」 「一度しか言わない。私は、怒ってなど、いない。断じて、だ!」  この話は終わりとばかりに、沈黙が下りた。どこが怒っていないのか問いただしたいくらい疑問だが、しつこく食い下がると苛立ちを煽ってしまうだろうから、聞くに聞けなくなってしまった。  何かしてしまったのだろうか、と考えているうちに、車は左にそれて、インターへ入っていく。私は冬休みだが、世間ではまだ早い。インターは、ほどほどに空いており、車も駐車することができた。  助手席に座ったままぼうっとしていた私は、「おい」と先生に声をかけられて、振り返る。 「下りないのか」 「ここで、何をするんですか」 「トイレ休憩だ。あと、飲み物と軽食を調達する」 「わかりました」  頷いて車を降りると、運転席から先に下りていた先生と、車をはさんで目が合う。水中で泳ぐ鶏を見るような目をしていた。 「そういえば、家族旅行はどうなんだ。行かないのか」 「はい。父が海外赴任しているので」 「それは、前にも聞いたが。たまに帰ってきたときに旅行へ行ったり、きみのほうから父親の赴任先に出かけたりも、しないのか」  驚く先生に、頷いた。 「家族旅行以外では?」 「林間学習でしたら、行きました。小学生のころに」 「修学旅行は、行ってないんだったな」 先生は眉をひそめた。 「きみと父親の関係性は、どうなってるんだ。いや、そもそもほかに家族はどうした。母親や、兄弟は」  こうして、先生が私の家族について聞いてくるのは、居酒屋で話して以来だった。  先生は、私に関して聞いてこない。今の私を分析したり、雇った相手として顎で使うことはあっても、海外赴任している父親だとか、母親については、あの日以来、一言も。  なんと答えれば、やりすごせるだろう。そんな考えの元沈黙していた私に、先生はそっとため息をついて、次の言葉を告げた。
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