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「きみは、父親の言葉に絶対服従なのか」
「大体はそうですね」
「ふむ。……人様の家庭にどうこう言うつもりはないが、そういう家庭もあるんだな」
先生は、微妙に納得いかないような、奇妙な表情で頷いた。
どうやらこの話はこれで終わりらしい。ほっと、安堵の息をついた。
車に鍵をかけて歩き出す先生のあとについて、歩き出す。後ろから見つめる先生の背中は、とても広い。背が高く、体型もスマートで姿勢もよい。
クラスメートが、先生を「俳優みたい」と言っていた。
私は、テレビをほとんど見ない。ニュース番組や天気予報、一部の情報番組は見るが、ドラマに関してはお父さんが禁じているから見ていないし、見る習慣もなかった。
本屋の外に並ぶ雑誌の表紙、見本モニターに映し出されるドラマをちらっと見たとき。そういったときに、見た記憶のある「俳優」と先生を比較してみるけれど。
どう見ても、先生のほうが恰好いいと思う。
「おい」
先生が足を止めて、振り返った。
「はい」
「こっちは、男性用だが」
後ろをついていった結果、男性用トイレまで入ってしまうところだった。すみません、と謝って、隣の女性用のトイレへ行く。
トイレは空いていて、すぐに済ませて外で先生を待った。
今日は、いい天気だ。午前中ゆえに陽光は弱めだが、髪を揺らす風は身を裂くほどの厳しさではない。吐息が白いのは、冬の宿命だろう。
今日は暖かいが、あと一週間もすれば、野外での寝泊まりは命がけになる。野宿した者の凍死が増える時期が、近づいてくるのだ。
凍死は、どんな気分なのだろうか。感覚がなくなっていくと俗にいうが、苦しいのか痛いのか、それともまだ楽な死に方なのか。
「随分と早いな」
先生の声に、顔をあげる。
「そうですか」
「ああ。……そういうものなのか」
「はい?」
「化粧直しのない女性は、早いんだなと思っただけだ」
「確かに、化粧直しには時間がかかるみたいですね。みこちゃんが、お友達の化粧直しが長いって愚痴を言ってました。でも、排せつの仕組み的に、男性より女性のほうが遅いんじゃないですか?」
「まぁ、確かに」
「先生のほうが遅かった、ってことは、うんこですね」
「何度も言うが、きみはもう少し妙齢として自覚をしたほうがいい」
「出るものは出るんです、お気になさらず」
「そういう意味ではない。それから、故障中の便器があって数が少なくなっていたから、遅くなっただけだ」
憮然とする先生は、車ではなく、インターの賑わっている建物へ向かっていく。そういえば軽食を取るって言ってたっけ。
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