第三章 2、須藤先生は、我儘だ

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「きみは、父親の言葉に絶対服従なのか」 「大体はそうですね」 「ふむ。……人様の家庭にどうこう言うつもりはないが、そういう家庭もあるんだな」  先生は、微妙に納得いかないような、奇妙な表情で頷いた。  どうやらこの話はこれで終わりらしい。ほっと、安堵の息をついた。  車に鍵をかけて歩き出す先生のあとについて、歩き出す。後ろから見つめる先生の背中は、とても広い。背が高く、体型もスマートで姿勢もよい。  クラスメートが、先生を「俳優みたい」と言っていた。  私は、テレビをほとんど見ない。ニュース番組や天気予報、一部の情報番組は見るが、ドラマに関してはお父さんが禁じているから見ていないし、見る習慣もなかった。  本屋の外に並ぶ雑誌の表紙、見本モニターに映し出されるドラマをちらっと見たとき。そういったときに、見た記憶のある「俳優」と先生を比較してみるけれど。  どう見ても、先生のほうが恰好いいと思う。 「おい」  先生が足を止めて、振り返った。 「はい」 「こっちは、男性用だが」  後ろをついていった結果、男性用トイレまで入ってしまうところだった。すみません、と謝って、隣の女性用のトイレへ行く。  トイレは空いていて、すぐに済ませて外で先生を待った。  今日は、いい天気だ。午前中ゆえに陽光は弱めだが、髪を揺らす風は身を裂くほどの厳しさではない。吐息が白いのは、冬の宿命だろう。  今日は暖かいが、あと一週間もすれば、野外での寝泊まりは命がけになる。野宿した者の凍死が増える時期が、近づいてくるのだ。  凍死は、どんな気分なのだろうか。感覚がなくなっていくと俗にいうが、苦しいのか痛いのか、それともまだ楽な死に方なのか。 「随分と早いな」  先生の声に、顔をあげる。 「そうですか」 「ああ。……そういうものなのか」 「はい?」 「化粧直しのない女性は、早いんだなと思っただけだ」 「確かに、化粧直しには時間がかかるみたいですね。みこちゃんが、お友達の化粧直しが長いって愚痴を言ってました。でも、排せつの仕組み的に、男性より女性のほうが遅いんじゃないですか?」 「まぁ、確かに」 「先生のほうが遅かった、ってことは、うんこですね」 「何度も言うが、きみはもう少し妙齢として自覚をしたほうがいい」 「出るものは出るんです、お気になさらず」 「そういう意味ではない。それから、故障中の便器があって数が少なくなっていたから、遅くなっただけだ」  憮然とする先生は、車ではなく、インターの賑わっている建物へ向かっていく。そういえば軽食を取るって言ってたっけ。
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