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第二章 2、渡月は、須藤先生と一緒に暮らす
加納さんが、お弁当をもって前の席に座り、椅子を反転させて私の机にお弁当を置いたのを、何気なく眺めていた。
「一緒にたべよ」
「美月さんは?」
「……今日はいいの。あいつ、彼氏と食べるんだって。お弁当作ってきたらしいよ」
美月さんに、彼氏ができたのはつい先週だ。美月さんはまるで別人のように美しくなり、そして、大人っぽくなった。一方の加納さんは、美月さんから惚気を聞かされて辟易している様子が見て取れる。
「今日、お弁当の日でしょ? 鏑木さんも」
「うん。よく知ってるね」
「そりゃ、友達だし。火曜日と木曜日はお弁当確定でしょ?」
よく見てるなぁ、と感心しながら、頷く。加納さんと二人、向き合う形でお弁当を食べ始めた。加納さんのお弁当は、お母さんが作っているらしい。卵とぷちトマト、ブロッコリーの色がとても綺麗だ。
「まったく、彼氏がなんだっていうのよ」
加納さんは、美月さんの惚気に対する愚痴をつらつらと述べる。美月さん本人に対する愚痴とは微妙に違うので、安心して聞いていられた。
「どう思う、鏑木さん」
「うん。美月さんには悪いけど、結果として加納さんとお弁当食べられたから嬉しいかな」
加納さんは、きょとんとした。
次の瞬間に、笑いだす。椅子に深くもたれて、声をあげて。
「そうなのっ? 鏑木さんって、あんまりクラスメートと仲良くしたくないんだと思ってた。別に、美月がいるから誘ってなかったわけじゃないよ。鏑木さん、一人のほうが楽しそうだったから、誘わなかっただけ。今度から、一緒に食べようよ」
「嬉しい、ありがとう」
お礼を述べると、なぜか加納さんはまた笑った。
「みこでいいよ。んで、渡月って呼ぶ。かっこいいよね、トゲツって名前」
「そうかな、ありがとう……みこちゃん」
「うんうん、呼び方も慣れていこー」
以前の私なら、人の身代わりのように誘われたことに、深い拒絶と失望を覚えただろう。人の代わりとしか扱われない存在感のなさや、私自身を必要とされない絶望に、また、心のバリアを分厚くしたはずだ。
それが、今はただ、代わりだとしてもお弁当に誘ってもらえたのが嬉しかった。美月さんの代わりに誘ってもらえるくらい、加納さんのなかで私が大きいということだし。なにより、きっかけなんかどうでもいい。
今、この時間が過ごせることが、大切なのだ。
そういうふうに、すとん、と割り切れるのは、私自身を必要としてくれる人がいるからだと、最近気づいた。
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