第二章 2、渡月は、須藤先生と一緒に暮らす

1/9
37人が本棚に入れています
本棚に追加
/133ページ

第二章 2、渡月は、須藤先生と一緒に暮らす

 加納さんが、お弁当をもって前の席に座り、椅子を反転させて私の机にお弁当を置いたのを、何気なく眺めていた。 「一緒にたべよ」 「美月さんは?」 「……今日はいいの。あいつ、彼氏と食べるんだって。お弁当作ってきたらしいよ」  美月さんに、彼氏ができたのはつい先週だ。美月さんはまるで別人のように美しくなり、そして、大人っぽくなった。一方の加納さんは、美月さんから惚気を聞かされて辟易している様子が見て取れる。 「今日、お弁当の日でしょ? 鏑木さんも」 「うん。よく知ってるね」 「そりゃ、友達だし。火曜日と木曜日はお弁当確定でしょ?」  よく見てるなぁ、と感心しながら、頷く。加納さんと二人、向き合う形でお弁当を食べ始めた。加納さんのお弁当は、お母さんが作っているらしい。卵とぷちトマト、ブロッコリーの色がとても綺麗だ。 「まったく、彼氏がなんだっていうのよ」  加納さんは、美月さんの惚気に対する愚痴をつらつらと述べる。美月さん本人に対する愚痴とは微妙に違うので、安心して聞いていられた。 「どう思う、鏑木さん」 「うん。美月さんには悪いけど、結果として加納さんとお弁当食べられたから嬉しいかな」  加納さんは、きょとんとした。  次の瞬間に、笑いだす。椅子に深くもたれて、声をあげて。 「そうなのっ? 鏑木さんって、あんまりクラスメートと仲良くしたくないんだと思ってた。別に、美月がいるから誘ってなかったわけじゃないよ。鏑木さん、一人のほうが楽しそうだったから、誘わなかっただけ。今度から、一緒に食べようよ」 「嬉しい、ありがとう」  お礼を述べると、なぜか加納さんはまた笑った。 「みこでいいよ。んで、渡月って呼ぶ。かっこいいよね、トゲツって名前」 「そうかな、ありがとう……みこちゃん」 「うんうん、呼び方も慣れていこー」  以前の私なら、人の身代わりのように誘われたことに、深い拒絶と失望を覚えただろう。人の代わりとしか扱われない存在感のなさや、私自身を必要とされない絶望に、また、心のバリアを分厚くしたはずだ。  それが、今はただ、代わりだとしてもお弁当に誘ってもらえたのが嬉しかった。美月さんの代わりに誘ってもらえるくらい、加納さんのなかで私が大きいということだし。なにより、きっかけなんかどうでもいい。  今、この時間が過ごせることが、大切なのだ。  そういうふうに、すとん、と割り切れるのは、私自身を必要としてくれる人がいるからだと、最近気づいた。
/133ページ

最初のコメントを投稿しよう!