第二章 3、渡月の、秘密

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第二章 3、渡月の、秘密

 金曜日に、これほどテンションがあがったのは、はじめてだ。基本的にマイナス思考の私は、学校へ行きたくない思いから、金曜日がくると、土日が過ぎて、また月曜日がやってくる、などと先を見すぎて疲れていた。  今日は金曜日。なんと、明日も明後日も休みなのだ。実習へ行かなくてよい、こんなに嬉しいことがあるだろうか。 「やけに機嫌がいいな」  先生のアトリエへつくなり、先生が言った。 「今日は金曜日ですから」 「いつも、金曜日でも変わらんかっただろうに。よほど実習がつらいと見える」  そういう先生も、ひどく疲れた顔をしていた。だが、苦悩に満ちた憂い顔というよりも、寝不足で体力が削れているようだ。  そういえば、昨日は「帰りました」「おかえり。仕事を続けるから、今日はもういい」それだけの会話しか交わしていない。しっかりと寝ているのだろうか、と休憩室を見ると、相変わらず汚さは増しているが、一年中使っているという先生愛用の毛布が奥へ押しやられている。 「今は、何をされてるんですか」 「なにも」  先生の声は、ひどく不機嫌だった。机の上は作業したあとがあるのに、完成品がない。なんとなく察する。満足がいかず、作っては捨てるを繰り返しているのだろう。 「ちょうどよかった、少し休憩しましょう」  こちらを見た先生は、がしがしと頭をかいて、立ち上がる。 「夕食でも食べに行くか」  気分転換によさそうだ。出かけるのも億劫な心労ではないようで、ほっとしながら、「すぐに出かける準備してきます」と告げて二階へ上がった。  鞄を置いて財布を取り出し、すぐに一階へ戻る。休憩室に置いてあるお出かけ用のポシェットに財布を入れると、「用意できました!」と告げた。  自分でも驚くほどに、大きな声が出た。明るい声、というのだろうか。こんなふうに声をあげることが初めてで、よほど実習が苦しいのだろうと自分を憐れむ。  先生は、何がおかしいのか、微かに笑っていた。 「なにが食べたいんだ」 「言っても希望が通らないのは承知していますので、お任せします」 「それが、食べたいものが浮かばないんだ」 「なら、お肉とかどうですか? あ、パスタも捨てがたいですね」 「なんでも選べるところに行くか」  先生は上着をひっかけて、いつものように真っ直ぐアトリエを出て行く。私はあちこち施錠を確認して、先生を追いかけた。  なんでも選べるところ、となると、王道の「ファミリーレストラン」なるところだろう。私自身は行ったことがないが、小学生のときに預けられていた親戚の家のおばさんが、「ファミレス最近増えたわねぇ、便利だわぁ」とよく言っていたのだ。  先生が連れてきてくれたのは、ひがしむき通りと並行する小西さくら通り商店街。そこから細道を抜けた一角にある、大人びた雰囲気の店舗だった。入り口にメニューが置いてあったが、先生はそれを見ることなく、店内へ入っていく。
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