第三章 2、須藤先生は、我儘だ

1/8
37人が本棚に入れています
本棚に追加
/133ページ

第三章 2、須藤先生は、我儘だ

 翌朝、電車で出かけるものだと思っていた私だったが、先生のマイカーで北上することとなった。電車や飛行機で向かえば早いそうだが、先生はいつも、実家に戻るときはマイカーでゆったりと旅をしつつ帰省するらしい。具体的な場所は聞いておらず、ただ「北側」とだけ言っていたから、もしかしたら私が思っているよりも近いのかもしれない。  私はいつものようにアトリエの施錠をすべて行い、鍵を先生に渡す。  先生の車が止めてあるという駐車場まで歩いて、シルバーの普通自動車へ乗り込んだ。 「免許、お持ちだったんですね」 「必要だからな」  先生の声音は、心なしか、硬い。  無感情に近いので、おそらく、怒っているのだろう。  触らぬ神にたたりなしと、私はしばらく無言で過ごした。高速道路へ入り、どんどん奈良から北上する。無言の車中は気まずいが、過ぎ去っていく景色を見るのは面白かった。 「こうやって遠出をするのは、初めてです」 「修学旅行や家族旅行は行かないのか」 「修学旅行は、行ったことがないんです。中学は家の用事で休んで、高校は、修学旅行の時期には不登校になってましたし」 「そうか」  先生は、気遣っているのか興味がないのか、深く問うことはなかった。  車のエアコンの、人の吐息のような風を肌で感じながら、二車線の高速道路をぼんやりと眺める。もしこの道路へ飛び込んだら、即死だろうか。地面までの高さだけでいうと、歩行中に転倒した場合と左程変わらないだろう。だが、それが動いている車からの転倒となると、たとえ受け身をとっても大怪我をするのではないだろうか。 「ねぇ、先生。動いている車から飛び降りると、大怪我します?」 「当たり前だ!」  ちょっとした疑問から出た質問なのに、耳の奥がぐわんと鳴るほどの怒声が返ってくる。 「びっくりするじゃないですか!」 「きみが、まるで自殺をほのめかすようなことを言うからだろうっ」 「そんなこと言ってません! ただ、止まってる車から飛び降りるのと、動いてる車から飛び降りるのとでは、怪我の具合が違ってくるんだろうなって思ったら、それはどうしてかなって」 「知るか、物理的な何かだろう。重さや速さがエネルギーになるとかそういう」 「相対性理論みたいな?」 「知らん。いいか、くれぐれも飛び降りようだなんて思うな」 「思いませんよ、なんで私が飛び降りるんですか」  これまでしんどいと感じる日々は沢山あったが、死のうと思ったことはない。先生は横眼でちらっと私を見て、ふんっと鼻息を荒くした。 「可愛げのないやつだ」 「わざわざ言わなくてもわかっています。なんで今更……あ、わかりきったことを言うってことは、構ってほしいってことですか?」 「きみの脳内は生涯花畑らしいな」
/133ページ

最初のコメントを投稿しよう!