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第三章 2、須藤先生は、我儘だ
翌朝、電車で出かけるものだと思っていた私だったが、先生のマイカーで北上することとなった。電車や飛行機で向かえば早いそうだが、先生はいつも、実家に戻るときはマイカーでゆったりと旅をしつつ帰省するらしい。具体的な場所は聞いておらず、ただ「北側」とだけ言っていたから、もしかしたら私が思っているよりも近いのかもしれない。
私はいつものようにアトリエの施錠をすべて行い、鍵を先生に渡す。
先生の車が止めてあるという駐車場まで歩いて、シルバーの普通自動車へ乗り込んだ。
「免許、お持ちだったんですね」
「必要だからな」
先生の声音は、心なしか、硬い。
無感情に近いので、おそらく、怒っているのだろう。
触らぬ神にたたりなしと、私はしばらく無言で過ごした。高速道路へ入り、どんどん奈良から北上する。無言の車中は気まずいが、過ぎ去っていく景色を見るのは面白かった。
「こうやって遠出をするのは、初めてです」
「修学旅行や家族旅行は行かないのか」
「修学旅行は、行ったことがないんです。中学は家の用事で休んで、高校は、修学旅行の時期には不登校になってましたし」
「そうか」
先生は、気遣っているのか興味がないのか、深く問うことはなかった。
車のエアコンの、人の吐息のような風を肌で感じながら、二車線の高速道路をぼんやりと眺める。もしこの道路へ飛び込んだら、即死だろうか。地面までの高さだけでいうと、歩行中に転倒した場合と左程変わらないだろう。だが、それが動いている車からの転倒となると、たとえ受け身をとっても大怪我をするのではないだろうか。
「ねぇ、先生。動いている車から飛び降りると、大怪我します?」
「当たり前だ!」
ちょっとした疑問から出た質問なのに、耳の奥がぐわんと鳴るほどの怒声が返ってくる。
「びっくりするじゃないですか!」
「きみが、まるで自殺をほのめかすようなことを言うからだろうっ」
「そんなこと言ってません! ただ、止まってる車から飛び降りるのと、動いてる車から飛び降りるのとでは、怪我の具合が違ってくるんだろうなって思ったら、それはどうしてかなって」
「知るか、物理的な何かだろう。重さや速さがエネルギーになるとかそういう」
「相対性理論みたいな?」
「知らん。いいか、くれぐれも飛び降りようだなんて思うな」
「思いませんよ、なんで私が飛び降りるんですか」
これまでしんどいと感じる日々は沢山あったが、死のうと思ったことはない。先生は横眼でちらっと私を見て、ふんっと鼻息を荒くした。
「可愛げのないやつだ」
「わざわざ言わなくてもわかっています。なんで今更……あ、わかりきったことを言うってことは、構ってほしいってことですか?」
「きみの脳内は生涯花畑らしいな」
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