第三章 3、渡月は大体斜め上をいく

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第三章 3、渡月は大体斜め上をいく

 先生がくれたネックレスが、陽光できらりと光る。  バイトを始めたころに、私が失敗した研磨レジンで作った、ワイヤーアートのネックレスだ。  そろそろ到着するというので、私は「外向け」用に、少しだけお洒落をしたのだ。  結局あのあと、一時間後に到着した次のインターで先生の好物の「サーモン丼」のスペシャルバージョンとやらを食べるまで、先生の不機嫌は続いた。  詳しく理由を問いただしたいが、聞ける雰囲気でもない。先生は、性交が苦手なのだろうか。もしかしたら、今は独身だが、どこかに婚約者がいるのかもしれない。  私は、みこちゃんがくれたプレゼントを使いたいと思っての言葉だった。だが、先生にとっては不愉快な言葉だったのだろう。  車は高速道路を下りて、穏やかな田園に伸びる道路を走っている。やがて、緑の風景が徐々に減っていき、ぽつぽつと一戸建ての民家が見え始める。よく見かける住宅街が増えてきて、先生は「もうすぐだ」と言った。  車が進むにつれて、また住宅は減っていく。  のどかな田舎という言葉が似あう風景が周りに広がった。田舎とはいえ、村というには発展しており、町にしては人口が少ないだろう民家の数だ。アパートやマンションのたぐいはなく、一軒家ばかりが、ぽつぽつと不規則に並んでいる。 「作田川市芥川町、それがこの辺り一帯の名前だ」 「市? 町? どっちなんですか」 「市だな。市町村合併の際、近隣の町が三つ統合された。名前は、町民たちの希望もあって、そのまま残っているんだ」 「だから、市なのに町。面白いですね」 「そうか?」  車は、山裾にぽつんと広がる、公園に沿って停車した。錆びたチェーンのブランコ、背の低い階段が急な滑り台、削れたような色具合の赤い雲梯。  私は、それらの遊具を一つ一つ目で追いながら――公園の奥にあるベンチを見た。  どくん、と心音が高鳴る。  特段、変わったところはないベンチだ。ベンチの奥には一メートルほどの土手と、その奥には竹藪が広がっている。風で竹がしなり、葉が触れ合って、がさっと音が鳴る。竹藪独特の鳴き声に、心が不安げにざわめいた。 ――「あなた、見所があるわ」  頭の奥で、須藤由紀子の声が響く。声とともに、由紀子の美しい表情が浮かび、不随して、彼女の背景に小さな建物が見えた。分校、という言葉が浮かぶ。  私は、ほとんど本能的に、身体を乗り出して公園の奥へ視線を向けた。  こじんまりとした、校舎があった。教室は、二つ。子ども用の下駄箱が外に置かれ、教室らしいスライド式のドアは何重にも施錠されている。 「……分校」
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