Chapter1: Bottom layer

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「これは……」 「日向!」  そこに映っていたのはまさしく日向甃也(ひゅうがいしや)の顔だった。コンビニでは素顔を隠すような仕草を常にしていたのだが、この映像では本人とわかっても何の差支えもない、そんな無防備な状態で素顔がさらけ出されていた。 「これでイジメの加害者と被害者の素性が明らかになったというわけやな」 「しかしお二人さんよ、警察でもないあんたらがこれからどうするつもりや。宍戸と日向を説得するんか?」  その問いに答えつつ、九部は自分の考えをまとめていった。 「説得した結果、『やめます』と言質が取れたところで、心の中まで従わせるのは不可能でしょう。だけどあえてそのように割り切った上で宍戸に〝イジメ〟をやめるように説得する。そして宍戸が説得に応じれば、それを日向に話し、犯行声明を取り下げてもらうしかありません。その説得に対し実際にどう行動を起こすかは本人たちの問題です。それを阻止したいならしばらく見張っていないといけませんね。証拠は揃ったけど、ルービックキューブで言えばようやく二段目が揃ったところ。この最後の上段からが本当のSolve(解決編)です」       ♰  翌日、恵里菜は宍戸を呼び出した。だが宍戸は話の核心に触れるのを避けるためか、終始素っ気ない態度を貫いた。 「……というわけや。この書き込みしたんは君やな」 「何だか大ごとになってますね」 「ちゃんと答えて。山口が日向をイジメるように差し向けたのも君やろ」 「何ですか、それ。そもそもイジメかどうかなんて受け取り方の問題でしょう」 「質問に答えなさい!」 「お話は以上ですか? それではこれで失礼します」 「ちょっと待って!」  恵里菜は床に膝をつけた。「頼む、お願いや。日向をイジメるのはやめて」  宍戸はしゃがみ込んで言った。 「先生、やめて下さい。わかりました。今後、日向に対して嫌なことを言ったりやったりしないことを誓います。だから頭を上げて下さい」 「ホンマに?」 「ええ、嘘はつきません」 「ありがとう……」  恵里菜から宍戸と話した内容を聞いた九部はどうにも心許ない気持ちだ。 「それで本当に大丈夫ですかね」 「わからんなぁ。でも今は宍戸のこと信じるしかないやろ」 「ともかく、日向にアプローチしてみますか……」       ♰  恵里菜と九部は日向を見つけると、体育館屋上テニスコートへと連れて行った。そして例のFAX文書のコピーを見せた。 「日向、この文書書いたん、君やろ」 「……」  だんまりを決め込む日向に九部が言った。 「実はな、FAXを送ったのが日向だということはわかっているんだ。お前さ、コンビニで支払う時にICOCAカード使っただろ。ICカードなんて個人の特定ができないだろうと思ったんだろうけど、俺たち新大阪駅の防犯映像でお前がそのカード買っているところを見たんだよ」 「……そこまでやるか、普通」  恵里菜が交替して言った。 「そやけど安心し。宍戸は今後、あんたのことイジメへんて誓ってくれたんや」 「そんなこと、あてになりますか。でも、相手が宍戸だってよくわかりましたね」 「ししがじゅうろく、そして十六進法の一桁最高値、それが十五。そやな」 「……? 何ですか、それ」 「ええ? (ちご)ぅたん?」 「十五が名前を表すというのは正解ですが、十六進法とかそんな複雑な理屈は僕にもわかりません。もっと単純な話です。ほら、音楽室に音階表のポスターが貼ってあるでしょう。ドレミファソラシドって。そこにドが第一音、シが第七音て書いてますよね。それで、  宍 戸 和 一  シ(7)、シ(7)、ド(1)の  和 ── 十五  ……のつもりだったんですけど」 「はあー、もう何でもええわ。とにかく宍戸で間違いないんやろ。ちゃんと説得して来たから」 「それで『もうしません』って言葉を鵜呑みにして来たんですか。宍戸は……本当にずる賢い奴ですよ。先生たちの目の届かないところで、しかも本人にもわからないようにイジメを実行するんです」 「山口をイジメに差し向けるとか?」 「あんなの、氷山の一角です。僕は宍戸のこと、最初は同じ浦安の出身ということで、愛想よく話しかけてきたり、色々な話を聞いてもらったりしていい奴だなと思っていたんです。ところが、あいつは僕が打ち明けたことなんかを小出しに暴露して、クラスメートにこう言いふらすんです。『日向ってさ、こんなに可哀そうな奴なんだよ。だから陰気で近寄りがたいかもしれないけどさ、仲良くしてやろうよ』と。一見、僕のフォローをしているようですが、そんな言い方をされて仲良くしたいと思う人はいますか? それで僕のまわりからは友達と呼べるひとがどんどんいなくなって行きました。しかも宍戸自身は友達思いのいい奴という評判を得ているわけです」 「ふうん、確かに第三者から見るとわかりにくいイジメね」 「あと、クラスに浜口さんっているでしょう」 「ああ、あのかわいい娘ね。彼女がどうしたの?」 「僕、彼女のこといいなと思ってて……そのことをつい宍戸に話したんです。そうしたら、親身になって話を聞いてくれて、応援するとまで言ったんです。でも浜口さんは中島のことが好きだったんです。それを知った宍戸は僕にわからないように中島と浜口さんの仲を取り持ったんです。その裏で、宍戸は僕の浜口さんへの恋心を煽っていました。それだけでなく、浜口さんに『日向はキモイ』とか『いつも君のこといやらしい目で見てる』とか吹き込んでいたんです。同時に僕の思いが最高潮になった時に『告白しなよ、脈ありそうだよ』と助言したんです。それで思い切って彼女に気持ちを告げたら……とても酷い言葉を投げつけられました。僕はそれから三日間高熱を出して寝込んでしまいました」 「まあ、お気の毒……。でも、宍戸が陰でそんなことをしているってどうやって分かったの?」 「中島は結局、後になって彼女とは別れたんですけど、その時彼が洗いざらい僕に打ち明けてくれたんです。それから『浜口はお前が思っているような良い女じゃない。それから宍戸には本当に気をつけろ』って言ってくれました。僕はその時初めて宍戸の恐ろしさに気がつきました。でも怪しんで距離を置くとまた姑息なわかりにくい嫌がらせを仕掛けてくるんです。だから僕も宍戸の友人と言うポジションを保たなくてはならなくて……でも、疲れましたよ。先生の説得が本当に功を奏すればそんな嬉しいことはないのですが……あまり期待はしていないです」  それから日向は何も言わずに立ち去った。その背中を見ながら、宍戸が約束を果たしてくれることを祈るばかりであった。
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