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日向の投げたジッポーが宙に舞い、放物線の頂点に差し掛かった時……
ガシャン!
窓の外で待機していた警官が消火器を持って突入してきた。そして、ジッポー目がけて消火器を発射した。弾丸となった粉末は確実にジッポーを捕らえ、勢いよくそれを廊下側の壁に激突させた。
同時に他の警官たちも突入し、教室中に消火器の粉末をまき散らして辺り一面真っ白にした。廊下の外にいた警官たちは斧でドアを破壊し、中に入ってくると消火器の粉末まみれになった宍戸と日向を捕らえて連行した。
「これはひどいありさまだな……」
乱れた教室内を見て風見教頭がつぶやくと、駆け付けていた津村校長が宥めた。
「でも、結局のところ誰も怪我人が出なくてよかったじゃないか。警察のみなさん、本当にご苦労様でした」
津村がそう言うと泉刑事をはじめ、警官たちは一斉に頭を下げた。
この騒動による損壊の補修にはそれなりに経費がかかったが、学園が全面的に負担することになり、宍戸、日向へ請求することはしなかった。また、日向の行動は器物損壊罪または逮捕監禁罪に問われるところだが、学園側が起訴しない方針を固めたため、日向は罪に問われなかった。
こうして、十五日前のFAX文書からはじまる一連の騒動に終止符が打たれた。宍戸と日向はそれ以来学校に顔を出すことはなかった。宍戸の叔父、和彦は以前から打診のあったオーストラリアへの移住を決意し、和一も連れて行くことになった。日向は親元を離れ、北海道にある全寮制のフリースクールへと通うことになった。
♰
恵里菜は阪急庄内駅付近にある食べ放題の焼き肉屋に九部、近藤、そして泉刑事を招いて打ち上げを行った。
「おごってくれるんはありがたいけど、何で俺が九部とメシ食わなあかんねん」
「それはこっちのセリフだよ」
九部と近藤が険悪なムードになりそうなのを見て恵里菜が宥めにかかった。
「まあまあ、これから同じ探偵団としてやっていかなあかんのやから、仲良くしていこうや」
「探偵団? いつの間にそんなもん作ったんや!」
「って言うか、本人の承諾もなくどうして僕らがメンバーになっているんです?」
「そんな固いこと言わんと、まあ、食べて、食べて」
恵里菜ははぐらかすように食事を勧める。泉刑事がそれに口を挟んだ。
「藍衣先生、探偵ごっこもほどほどにしてや。今回は偶々うまく行ったからええけど、未成年者まで巻き込んで危険極まりないで。あんまり度を越すようやったら見過ごすわけにいかんからな」
「はいはい、わかりました。肝に銘じておきます」
恵里菜はそう言って泉のグラスにビールを注ぎ、再度乾杯した。未成年者の九部と近藤はウーロン茶を飲んでいる。
「藍衣先生、探偵団なんて結成して一体何を調べるつもりなんです? 本当の目的は何ですか?」
九部は問い質したが、恵里菜はほろ酔い加減でまともに答えを返さなかった。九部はあきらめてとりあえず矛先を下げた。
(まあいい、その内本当のことを話してもらうさ)
♰
「ただいま」
泉刑事が軽く酔っぱらって帰宅すると、来客があった。
「よお、博嗣。邪魔しとるで」
「何や、兄貴。来るなら来るって前もって言うとけや」
来客は泉博嗣の兄、信弘とその家族であった。ちなみに泉信弘は大阪府警本部の機動警察隊長である。
「ところで博嗣、長興寺学園の騒動を担当しとったんやって?」
「情報早いのう。まあ兄貴にとってはあまり聞きたくない学校の名前やろうけどな」
「何の因果やろうなぁ。長興寺学園の元教師、小島忠……未だに夢に出てくるんや。『やったんは僕やない、濡れ衣や』って。何や、冤罪の片棒担いだみたいで後味の悪い事件やったわ」
「そやけど物証があっての逮捕やろ。冤罪なんて思い過ごしやで」
「まあそう思うことにしとるけどな。ところで、蒸発してた小島の細君が大阪に戻ってるって話や。目撃したもんが何人もおる」
「まさか。まだほとぼり冷めるには日が浅いで」
「ああ。だがすっかり変わり果てとる言う話や。部下がこっそりスマホで撮った写真があるんやけどな、見てみ」
博嗣は信弘のスマホの画面を見て、目を丸くした。
「こ、これは……!」
ボサボサで手入れのされていない束髪、薄汚れたジャージにピンク色のナイキのスニーカー。先日阪急宝塚線の車内で博嗣が遭遇した中年女性がそこに写っていた。
Chapter1 Bottom layer 終
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