Chapter2: Middle layer

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「え? 防犯映像を見たいから協力してくれって?」  電話口での泉刑事の口調は明らかに迷惑そうだった。恵里菜は柿内の窃盗容疑事件のあらましを語った後、どうしてもビデオ映像で現場にいた人物を確認する必要があると申し出ていたのだ。 「そもそも梅田で起こったことやろ。それは曽根崎警察署の管轄や。豊中警察署(ウチ)は手ぇ出されへんのや」 「そこを何とかお願いできませんか」 「もう、かなわんなぁ……兄貴が府警本部の人間やからちょっと聞いてみよか」 「ありがとうございます。よろしくお願いします」  それからしばらく経って、泉刑事の兄である大阪府警本部の泉信弘から連絡があった。 「博嗣から話は聞きました。梅芝本尊前交番の古川巡査に話は通してありますので、問い合わせてみてください」  そこで恵里菜はまた梅田まで行き、梅芝本尊前交番を訪れた。古川巡査は恵里菜の顔を見ると「またお前か」と言いたそうな表情を浮かべたが口にはしなかった。 「映像を見たいとのことですね、では一緒にメディオラヌムへ参りましょう」  古川巡査と恵里菜がセレクトショップ・メディオラヌムに入ると、今回は稲田ではなく橘川店長が応対した。 「あのう、警察の方がまた何をお調べでしょうか。先日の事件のことでしたらお代も頂いておりますし、私共といたしましてはあまり波風立てずに穏便に済ませたいのです。お客様の手前もございますし」  〝穏便〟を強調する橘川店長に対し、恵里菜が踏み込むように言葉を返した。 「確かに、お店としてはもう終わったことかもしれません。ですが、柿内の方は未だ汚名を着せられたままで不自由な生活を余儀なくされております。一人の若者の未来のために、どうしても事を明らかにしていく必要があるんです」 「それは失礼しました。映像はこちらでご覧いただけますので、どうぞ心行くまでご確認下さい」  言葉は丁寧だが、要は「勝手にしろ」ということである。橘川店長はモニターの前まで二人を案内すると、お茶も出さずに店に出てしまった。古川巡査はこの映像を見るのは二回目で、自分で機械を操作して問題の時間帯の映像を探し当てた。 「柿内のバッグに商品を忍び込ませることが出来たのは、当然その時間に店にいた人間ということになります。柿内の入店中に店内にいた人物を洗い出せますか?」 「ええ。こうしてみると、その時間帯には柿内さん以外には三人のスタッフと五人の客がいたようですね」 「このビデオから顔写真を作成したりできますか?」 「そうですね、一旦動画ファイルを持ち帰って本署の方で編集する必要がありますが」  古川巡査はそう言ってUSBスティックを取り出して差し込み、問題のビデオファイルをコピーした。それが済むと古川巡査は橘川店長に一礼して店を出て、曽根崎警察署へと向かった。そして視聴覚資料室に向かい、動画から顔写真の抽出を依頼した。三十分ほどで八人分の顔写真が出来上がった。その内一人は若い男性で、牧野健史であることは間違いない。三人は店のスタッフで橘川藤子店長、稲田亜美、真野仁美。柿内を除くと、残り四名が身元不明となる。恵里菜はそれらの人物に便宜上A子、B子、C子、D子と名付けた。  曽根崎警察署での用事を済ませた恵里菜は、二年B組担任の船越に電話し、〝あること〟を依頼した。 「な、なんやて? そんな急に……」       ♰  翌日、二年B組は全ての授業を中止し、社会見学を急遽執り行うことになった。テーマは「食品偽装と改善」ということで、池田市にあるケイティー食品本社を訪れた。急な依頼にも拘らず、ケイティー食品側は完璧な受け入れ態勢で対応した。おそらくこのようなことには慣れているのだろう。  まず、二年B組一行は視聴覚室に案内され、広報課長がパワーポイントを使って過去の不正事件について説明した。 「事の発端は二〇〇八年、弊社が製造したクリームシチューに使用期限切れの牛乳が使用されたことでした。当時の製造ラインの監督に当たっていた者はそのことを本部に報告せず、そのまま市場に出回ってしまい、後に内部監査によってそのことが発覚しました」  話を聞きながらルービックキューブをいじっていた九部が手を上げて質問した。(ちなみに、九部が精神安定のためにルービックキューブが必要であることはあらかじめ広報課長に断ってあった) 「そもそもどうして期限切れの牛乳が使用されたのでしょうか。知らずに誤って使用されたのか、それとも知ったうえで意図的に使われたのか、そのあたりは明らかになっているのでしょうか」  広報課長は答える。 「本件に関しましては、現場担当者が期限切れと分かった上で使用したことが判明しております。その理由は売り上げの減少により、経費の削減という課題が各現場に課せられたことにありました。しかし生産量も減少し、事前に仕入れていた原材料が使われずに不良在庫化するという事態が起こりました。このまま原材料を廃棄するとなりますと、帳簿の上では支出の無駄となり、赤字計上となります。そのために使用期限切れとなった原材料を内密に使用することにより、不良在庫を減らして赤字計上を防ごうとしたのです」  九部が再度挙手した。 「よくわかりました。現在、そのような事態を防ぐためにどのような対処がなされているのでしょうか」 「まず、経理上の損益の責任と製造の責任を分離化しました。すなわち製造現場に置ける責任はあくまで品質管理と作業効率にあり、経理上の損益については一切問わないという点を徹底いたしました。原材料の仕入れについては事前に綿密なマーケティングリサーチを行い、厳正な経営計画のもと生産量を管理し、原材料が無駄になることのないよう徹底して管理されております。また原材料の使用期限は誰にも明らかになるように容器に記載され、期限が過ぎた場合は容器ごと廃棄する決まりとなっております」  広報課長はスクリーンに画像を映し出しながらそのように説明した。その他、ケイティー食品が起こした食品偽装事件として、直営レストランで使用する牛肉の産地偽装、ブドウ球菌による食中毒が発生していた事実を公表していなかったこと、製品にゴキブリの卵が混入していたにも拘わらず製品回収を実施しなかったことなどを取り上げて一つ一つ説明し、質疑応答の機会を設けた。 「さて、以上のように弊社では食品偽装事件について調査し、再発防止に努め成果を上げておりますが、社会的信用を取り戻すのは至難のわざです。そこで弊社は使用している原材料、製造・調理方法など一切の秘密を排除し、全ての情報を一般公開しております。極端な話、その情報をもとにわが社の製品のコピーを作ろうと思えば誰でも作ることができます」  ここは軽く冗談のつもりで言ったのだろうが、高校生たちには大してウケなかった。 「その他、イメージ戦略も大事なファクターです。イメージキャラクターとして人気俳優の笹本竜馬を起用したり、スポーツ部門にも力を入れております。フィギュアスケートの片倉奈々、卓球の久家麗子などがその代表ですね」  広報課長はまさか彼らが久家麗子のライバル柿内有紗のクラスメイトだとはもちろん知らない。フィギュアスケートの片倉奈々はそれなりに知られてはいるが、オリンピック出場レベルとは言い難い。そうすると、卓球の久家麗子への比重が大きくなる。  一通りのプレゼンテーションを終えた広報課長は一行を工場見学へと案内した。恵里菜は彼らの引率を船越に任せ、自分は呼んであった豊中警察署の泉博嗣刑事と合流し、聞き込み捜査を行った。
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