Chapter2: Middle layer

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「もしもし?」 「俺です、牧野です」 「どちらの牧野様でしょうか?」 「とぼけんといて下さい。牧野健史に決まっとるやないですか」 「ああ、あの牧野健史ね。……おいおい、何か怒ってるのか?」 「当たり前や、話ちゃいますやん。何で有紗が犯罪人みたいになっとるんですか」 「人聞きの悪いこと言うなよ。まるで俺が彼女を陥れたみたいじゃないか」 「そぉやないんですか。まあ、それはええとして……この間、変な連中に絡まれたんですわ。何や『正直に答えろ』とか言うて……」 「変な連中って……ヤクザか?」 「いや、ヤンキーの集まりやった。いかにも悪そうな奴ばっかり集まって、俺はそいつらに取り囲まれたんやけど……結局、九州弁の変なおばちゃんが入って来て、助かった」 「それでお前、何か話したのか」 「いや、おばちゃんが叫んであいつらが怯んだすきに逃げてきたんです。そやけど執念深そうな連中やったから、いつまた囲まれるかわからへん」 「びびってんじゃねえよ、ヤンキーって言っても所詮はガキの集まりじゃねえか、全然問題ないだろ」 「大丈夫なんですか、ほんまに。……何かヤバイこと絡んどるんとちゃいます?」 「ああ、お前は何にも心配する必要はない。ガタガタ言わなきゃ誰も気がつかないし、俺もお前も安泰だ。いいか、下手に騒ぐな。お前はそれだけ考えていればいい。わかったな!」  電話を切ると、牧野健史は腹立ちまぎれに側に捨ててあった大きなドラム缶を何度も蹴飛ばした。 「くそっ、くそっ、くそーっ!」       ✝ 「はい、どうぞ。食べてや」  ……九部と近藤の目の前に「博多通りもん」と書かかれた黄色い箱が数箱置かれた。近藤はキョトンとし、九部はいつものようにルービックキューブをカシャカシャ言わせている。 「ほら、遠慮せんと。これ、めっちゃ美味しいんよ。早いもん勝ちやで」  その時、九部の持っていたルービックキューブがポップ(キューブの部品が操作中に外れてしまうこと)してしまい、一瞬イラッとした九部が恵里菜に当たった。 「先生、仮病までして一体どこ行ってたんですか!」 「九部、ええで、その正義感。大人なってもずっと大切にしいや」 「はぐらかさないで下さい!」  九部が真剣に怒り出しそうなのを見て、恵里菜も真面目に話し始めた。 「……実はな、柿内を陥れたかもしれん女が、昔福岡でモデルやってるってわかったんや」 「福岡でモデルを?」 「うん、美紅ちゃんが昔そのポスターを見たことがあるって教えてくれたんや。それで急遽福岡に行って確認しようと思ったちゅうわけや」 「美紅ちゃんて、……人の母親を気安う名前で呼ばんといてくれ!」 「気安うって……私の母親が日系三世のアメリカ人やったからかな、家では親を名前で呼ぶんは普通やったけど。それより近藤、あんた牧野健史のこと締め上げたらしいな。美紅ちゃん、私のところまで文句言いに来たで。私があんたに指図したんやないかって疑うてた。協力してくれるんはええけど、やり方考えてや」 「別に、先生に協力するつもりもなかったけど……迷惑かけたんはあやまるわ」  近藤がしおらしくなっている横で、九部は次の言葉が待ち切れずに言った。 「それで、他に何かわかったんですか」 「その女の名前は森崎綾子。福岡のアクト企画って言う、ちょっとガラの悪い芸能事務所に所属するモデルやった。近藤のお母ちゃんが見たのは、福岡県庁が広告会社に作らせた選挙啓蒙のポスターで、森崎綾子が起用されたもんやった。森崎綾子はその後、金が絡んだ話で事務所ともめてモデルを辞め、その後関西の実業家の愛人に収まったってことや」 「その実業家が誰かってことは分かってるんですか?」  恵里菜は首を振った。その時、近藤が立ち上がった。 「ほな、その実業家って奴、探そうや!」 「探すってどうやって?」 「九部、頭ええんやろ。お前は考える係や。探し方考えろ」 「強引に決めないでくれよ。って言うか、森崎綾子の方が圧倒的に情報掴んでるから、こっちから探るほうが効率いいと思うよ」  恵里菜が頷きながら訊いた。 「どうやって調べる?」 「役所に問い合わせるのが正攻法でしょうけど、今どき警察でもない限り教えてはくれないでしょう。泉刑事に頼るのもいいですけど、さすがに福岡の役所に行って下さいとは言えませんよね。ここは地道にネットサーフィンで探すのが案外いいかもしれません。モデルをやるような人は、それなりに自己顕示欲も強いと思います。だからフェイスブックやブログを実名でやっている可能性がありますね」  九部の提案を受けて、三人はコンピューター室へと移動した。 「まず、実名登録の可能性が高いフェイスブックを調べてみましょうか……うん、森崎綾子あるいはAyako Morisakiで登録している人が五人いますね」  九部はそれらの〝森崎綾子〟の投稿内容やプロフィールを調べてみた。しかしそのどれも探している森崎綾子のものと一致しない。 「ここにはいませんねぇ。他の媒体を探してみましょうか」  次にインスタグラムやブログなどを片っ端から探してみたが中々見つからない。 「……ないね。ネット上では素性を晒していないのかな」  と九部が呟いた時、コンピューター室にいた他の生徒がこんな会話をしているのが聞こえた。 〔……そう言えば、佐藤ってユーチューバーやってるって言うとったな〕 〔ああ、言うとった。そやけど見てみたら超ショボかったで……〕  その会話を耳にした恵里菜が突然立ち上がった。 「そうや、ユーチューブや! 駆け出しのタレントがようユーチューバーやってるって聞いたことがあるわ」 「駆け出しって言うか、森崎綾子は引退した人ですけどね。一応検索かけてみましょうか」  九部はYouTubeのサイトを開いて、「森崎綾子」で検索をかけてみた。しかし、「一致する検索結果はありませんでした」と出て来た。次に「Ayako」で検索すると二十件の結果が出て来た。三人はそれらのサムネイルを一つ一つ目を凝らして見た。すると、恵里菜がそのうちの一つを指して言った。 「……この子ちゃう? この小っちゃい写真ではようわからんけど、一応開けてみて」  九部は恵里菜の指したリンクを開いてみた。すると、件の森崎綾子が画面に向かって微笑みかけていた。 「……見つけましたね」 「うん。ちょっと再生してみて」  九部は新着の動画から順番に再生してみた。しかし内容は他愛もないおしゃべりで、特に耳を傾けるべき情報はなかった。だが、近藤は、動画の背景が時々変わっているのに気がついた。 「この時々映ってる場所、何かの事務所ちゃうか」 「事務所? ああ、パトロンの実業家とやらが秘書か何かの立場で雇っているのかもしれないね。金持ちの愛人で金に困らなくても、一日中何もしないのは退屈。だけど男の方も他所で働かせるのは心配。だから手元に置きたいってところかな」 「九部、お前高校生のクセに大人の事情に理解がありすぎちゃうか?」  近藤が呆れながらふと見ると、恵里菜が画面に釘付けになっているのに気がついた。 「藍衣先生までどないしたんや。何か見つかったんか?」 「この業者……任意売却の仲介をしているわね。後ろに並んでいる書類を見ても間違いないわ」 「任意売却? 何やそれ」  近藤は聞き慣れない言葉に訝し気な表情を浮かべた。 「住宅ローンが返せない、或いは借金が返せずに家を差し押さえらると競売にかけられるんやけど、そうしないで競売の代わりに個人で家を売却する方法や。多くの場合、競売よりも高く売れるので希望する人も多いけど、一般人が自分でオーガナイズするのはさすがに無理。それでその代行をする業者がたくさんいるんやけどな……」  恵里菜は表情に翳りを見せながら言葉を繋いだ。「悪徳な業者も多ぉてね。私の両親は任意売却の詐欺にあって……家も財産もだまし取られてもうて、私は孤児になったんよ」
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