Chapter2: Middle layer

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 メディオラヌム店員・稲田亜美の逮捕はさまざまな方面に波紋を呼んだ。  まず、店長である橘川藤子のパワーハラスメントやブラック企業的体質が問われることとなり、株式会社ラドラーリテイリング本社及びメディオラヌム店舗に対し労働基準監督署によって臨検監督が執り行われた。事前の予告なしに突然やってくる、言わば抜き打ち検査である。  調査の結果、橘川藤子の横暴な君臨ぶりや労働基準法に真向から反するような従業員の取り扱いが明るみになり、橘川藤子店長及び本社営業部の営業部長に厳重注意が言い渡され、十日以内に改善計画書を提出するよう命じられた。それを受けて、橘川藤子はメディオラヌム店長の職を解かれ、閑職へと左遷させられた。そしてラドラーリテイリング本社は斬新な店舗経営で急成長を遂げている外資系アパレル企業・フォレンスジャパンから、人権派リーダーとして名高い三木行成を抜擢し、メディオラヌムの新店長として招聘した。そのことによって労働基準監督署はその矛先をようやく収めた。  牧野沙江子の顧問弁護士は、沙江子の弟健史を脅迫し、それにより記事を書き新聞に掲載したとして、フリーライターの北条将司及び浪速スポーツ新聞社に対し内容証明書を送付した。その結果、浪速スポーツ新聞社は牧野姉弟に謝罪し、北条将司に今後脅迫行為を行わないよう念書を書かせた。北条氏はその後、文筆業から身を引いた。そして、健史の〝趣向〟については公になることもなく、健史自身もその世界から足を洗った。  柿内有紗の風評被害を煽ったマスコミたちは公に謝罪することはなかった。しかし、柿内有紗が無罪であることが世間でも周知の事実となり、名誉回復だけにとどまらず、以前よりも多くのファンを有することとなった。JOCは柿内有紗を次期オリンピック候補として再びノミネートした。       †    九部が一人暮らしのアパートに帰ってくると、足音を聞きつけた隣の住人が出てきた。 「九部さん、小包届いてるで」 「……ありがとうございます」  九部はその隣人から小包を受け取った。差出人は九部春栄。九部の母親だった。九部は自宅に入らず、階段のところまで戻ると、脇に設置されていたゴミ箱に小包を投げ捨てた。そして自分の部屋へ行こうとした時、 「もったないなあ。これいらんのやったら私もらうわ」  振り向くと恵里菜がゴミ箱から小包を取り出して抱えているところだった。 「藍衣先生……怪我の方は大丈夫なんですか?」 「うん。血がぎょおさん出てビックリしたけど、かすり傷程度で済んだみたいや。もうなんともない」 「そうですか、とりあえず無事でなによりでした」 「それよりこれ、ホンマにもろてええの? うなぎパイやで。私、むっちゃ好きやねん」 「ええ、どうぞ持って行って下さい。ところでこんなところまで何しに来たんですか?」 「柿内のこと……いろいろ協力してくれてありがとうな」 「僕のクラスメイトですから。当然のことをしたまでです」  九部は謙遜というよりは面倒くさそうに言い捨てて部屋に入ろうとした。恵里菜がその扉を押さえた。 「中、入ってもええ?」 「一応うら若き女性が男の一人暮らしの家に入るのはあまり感心しませんね。僕だっていつ狼にならないとは限りませんよ」  しかし、恵里菜は真面目な面持ちで言った。 「九部粟生、いよいよ君の力が必要となったんや。だから私が長興寺学園(あそこ)でホンマにやりたいことを話したいと思う」  九部は恵里菜の真剣なまなざしを真っ直ぐに見つめた。そしてしばらくして言った。 「どうぞ、中へ」 第二章 ミドル・レイヤー 終
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