Chapter3 Top layer

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「ほんなら、ミッションの内容を話すで」 「はい」  真面目な顔になって話す恵里菜に九部は耳を傾け、その指示を仰いだ。 「まず、授業を抜け出す」 「はい」 「玄関行って誰か先生の靴を失敬する」 「はい」 「それから自転車で服部緑地公園へ行き、失敬した靴に履き替える」 「はい」 「白鳥池のほとりで足跡をつける」 「はい」 「帰って来て靴を元に戻す。そして何食わぬ顔で再び授業を受ける」 「はい」 「名付けて〝エスケープ作戦〟! 以上」 「えええ?」 「……何か文句あんの?」 「それだけですか。もっと何のためにするとか、はっきり目的を教えて下さいよ。そもそも何を調べるんですか」 「うーん、まだ話す時期やない。とにかく授業中を抜け出して、服部緑地へ行って気づかれんように戻って来る。それができたら合格や」  用件を伝えると恵里菜はさっさと帰って行った。ゴミ箱から拾ったうなぎパイの箱も結局持って帰らなかった。       ✝  次の日の朝、登校前に服部緑地公園から長興寺学園までの間をストップウォッチで時間を計りながら自転車で走ってみた。すると、普通に走って片道五分で到着した。 (教室から自転車置き場まで約二分、服部緑地公園まで約五分すると片道七分か。向こうでの作業時間を三分とすると、全部で十七分かかることになる。トイレに行くふりが一番自然だけど、さすがに十七分は長い)  九部はスマホで検索してみた。人間、トイレに掛ける時間は長くてどれくらいなのか。すると、大の場合平均は五分四十一秒で、長くても十分という結果だった。保健室に行くのもサボリの定番だが、養護教員が「来ていませんでした」と証言してしまう可能性がある。  どうしたらよいものか。教室に入って考えてみる。どうしてよいかわからないまま、一時間目の授業が始まってしまった。数学の授業。ただでさえこの学校では苦手な者が多いこの教科、その上教鞭を執る但馬実は最高につまらない授業をすることで定評がある。  その内退屈のあまり近藤が勝手に席を替えさせて取り巻き連中を周りに集めて雑談を始めた。それがあまりに盛り上がって来たので、但馬は迷惑そうな顔で近藤を見たが、注意するような度胸までは持ち合わせていなかった。  九部は授業などどうでもよかったが、ルービックキューブ以外の考え事をしている最中にこれだけ騒がれると気が散ってしまう。そこで近藤に注意しようかと思ったその時、あることを思いついた。 (ちょっと待てよ……これって使えるんじゃないか?)  九部は近藤の背中を突いて自分に注意を向けさせた。 「ああ? 何や、文句あんのか、コラ!」  九部は人差し指を口に当てて言った。 「シッ。違うよ、逆にもっと騒いでおいて欲しいんだ」 「はあ? 何言うてんねん」 「僕はこれから十七分間教室を抜け出したいんだ。誰にもわからないようにね。だから君はその間、適当に騒いでおいて先生やクラスメイトたちの注意を惹きつけておいてくれないかな」 「なんや、お前、女とでも会いに行くんか」  否定するのも面倒な九部は近藤のツッコミをスルーした。 「まあ、そんなところかな。とにかく頼むよ」 「おう、わかった。十七分やな」  こっそり教室を抜け出すことに成功した九部は、教師用の靴箱へ走り、適当な男用の靴を失敬した。そして自転車に乗って服部緑地公園へ向かった。       †  ところが十分ほど経った頃、あれほど盛り上がっていた近藤達の会話が、ネタ切れとなってシーンとしてしまった。時計を見てまずいと思った近藤は山口の頭をはたいて言った。 「コラ山口、何かオモロい話せんかい!」 「そんな急にオモロい話言われたかて、出てけえへんがな!」 (くそ……間がもたん。九部のアホ、早よ戻ってこいや!」  その頃、九部は服部緑地公園の白鳥池に到着し、履き替えた靴で、池のほとりに足跡をつけようと試みているところだった。ところが意外に土が固く、なかなか足跡がつかなかった。あたりを探し回ってようやく足跡の付きそうな柔らかい土壌の場所を見つけ、いくつも足跡をつけた。そして学校へ引き返し、靴も元に戻し、こっそり教室へと戻った。  近藤は戻ってきた九部の方を見ると怒りをあらわにしながら口パクで「遅い」と言った。九部は右手を上げて詫びるポーズをした。結局所要時間は二十分。予定よりも三分遅くなったが、近藤以外誰も九部が出て行ったことに気がつかなかったようだ。       ✝  昼休み、恵里菜は九部を体育館屋上へ呼び出し、ミッションの報告を求めた。 「……というわけで、何とか任務遂行しました」 「……あかん、不合格や」 「え? 言われた通り、誰にも気づかれないように抜け出しましたよ」 「何で近藤に協力求めるんや。第三者に機密事項を漏らすなんてもってのほかやで」 「機密事項って、そもそも作戦の全容を僕に話していないじゃないですか!」  その時、入口から声がした。 「何や、そういうことやったんかい。九部が女と会うとると思ったら、おばはんやんけ」  振り向くと近藤だった……と確認する前に、恵里菜が近藤に襲い掛かろうとしていた。 「何やと! 誰がおばはんや! もう一遍言うてみい!」  恵里菜の鉄拳が近藤の頬を捉える寸前、九部が後ろからしがみついて何とか制止した。 「先生、生徒に暴力はまずいです……って今更ですけど」  九部の必死の説得に、恵里菜はどうにか拳を引っ込めた。近藤は詫びながら言う。 「ごめんごめん、おばはんは悪かった。で、きれいなお姉さん、俺も九部の言う通りや思うで。作戦の全容を話してないのにダメ出しとかありえへんわ。どうせ俺も探偵団の一員として手伝うことになるんやろ。それやったらちゃんと俺らにも話してや。先生は何をしようとしてるんや」 「……わかった。ちゃんと話すわ」  そして、恵里菜は今度こそ彼女の本当の目的を話し始めたのであった。
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