Chapter3 Top layer

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【来歴3 K家】 「お邪魔します……」 「恵里菜ちゃんいらっしゃい、どうぞどうぞ」  中学生になった恵里菜は、週末になるとたびたび友愛児童園の保育士・小島範子の自宅を訪れていた。  居間では小島範子の夫である小島忠が亀に餌をやっているところだった。 「おじさん、こんにちは」 「ああ、こんにちは、恵里菜ちゃん。どうだい、中学校はもう慣れたかな?」 「そうですね……小学校の時は勉強しに行ってるのか遊びに行ってるのかわからんとこあったけど、中学は勉強一色やからわかり易うてええわ」 「ははは、恵里菜ちゃんらしいね。あっ祥平、挨拶しなさい」  祥平というのは小学校六年生になる小島夫妻の一人息子だ。一旦部屋から出てきたが、恵里菜の方をチラッと見ると、憮然とした顔つきで部屋に戻ってしまった。 「こら、祥平! お客さんに失礼だぞ……悪いねぇ、あの通り礼儀がなっていなくて」 「いえいえ、私は全然かまいませんから」 「まあ、わからないでもないんだがね。あの位の年頃の男の子は、若い女性を見ると恥ずかしくなって照れてしまうんだよ。それを人に知られたくないのさ。僕自身がそうだったからよくわかるよ」 「へえ、おじさんにもそんな頃があったんや。……そう言えば、おじさんも新しい学校の先生になって大分経つけど、どんな感じですか?」 「ああ、今のところはいい感じだね。でも、最近世論が脱ゆとり教育動きになってきてね。長興寺学園はまだ大丈夫だけど、教頭先生の発言なんか聞いていると、何かきな臭いなと思うこともある」 「でも、おじさんはゆとり教育とか関係なしに、オランダやスウェーデンで学んできて感じたことを実践してるんでしょう?」 「うん。そもそも僕はゆとり教育という概念が好きじゃなくてね。オランダやスウェーデンの教育は日本のような詰込み型ではないけど、別に怠けてのんびりしているわけじゃない。安易にゆとり教育を推進してきた人たちは何かその辺をはき違えている気がする。そして、もう一つ問題なのは教育指導要領がいくらゆとり教育を推進したところで、教える先生がそのような教わり方をしていないわけだからうまく行くわけがない。新しい教育をしようとするなら教師陣もしっかりと新しい教育方針に乗っ取ってスーパーバイジングされなければいけないんだ」 「ふうん……話聞いてたら私もおじさんの生徒になりたくなるわ。長興寺学園入ろかな」 「来てくれたら嬉しいけど、恵里菜ちゃんは偏差値が高いからね。ウチは進学校とは言い難いから、進路指導の先生がOKするかな?」  そこへ範子がやってきた。 「やめとき、やめとき。恵里菜ちゃんせっかく頭ええんやから、あんなヤンキー学校行くことあらへん」 「おいおい、ヤンキー学校はないだろう。失礼だなあ」  そう言いつつも、忠には怒っている様子はない。 「それに、この人もあそこにいつまでおれるかわからんもんなあ」 「そうだね、今は時の人のようだけど、いつ異端児に転落するかわからない。人と違うことをするってそういうことなんだよ。路頭に迷うのも時間の問題さ」 「まあ、そうなったらウチが支えたるさかい」  そう言ってほがらかに見つめ合う小島夫妻を見て「ごちそうさま」と恵里菜は言った。
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