Chapter3 Top layer

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【来歴4 K氏の逮捕】  だが、範子の予想に反して忠の容疑は深まるばかりであった。自宅は家宅捜査によってひどく荒らされ、度重なる警察の聞き込みに追われ、範子は仕事を度々休まざるを得なかった。警察は度々小島家を訪ねては執拗な尋問を繰り返した。 「だから、その時間、主人は家にいたって何度言ったらわかるんですか」 「ご家族以外にそれを証明できる人はいませんかね」 「いるわけないでしょう! 一家団欒の時間ですよ」 「では、この写真の女子高生に見覚えはありませんか?」 「ニュースでよく見てますよ。頌栄女学院の杉本っていう子でしょう。あれだけ騒いでたらもう誰でも知ってますよ」  実はこのような内容の尋問はこの時が最初ではない。来るたび来るたび同じような質問を執拗に投げかけてくるのだ。尋ねられる方はいい加減うんざりしてくる。だがそれで根負けしてしまっては相手の思うツボだ。範子はそれがよくわかっていた。  しかし、うんざりしているのは小島家の人間だけではない。度々警察が訪れることで、同じマンションの住民たちは非常に嫌な気分になった。やがて「小島さん、早く犯行を認めてしまえばいいのに」という声がささやかれ始めた。だんだんそれがエスカレートして、近隣住民の間では小島忠犯人説がゆるぎない定説となった。  小島家の一人息子、祥平が中学校から帰ってくると、制服やカバンがボロボロにされていた。 「祥平、あんたこれどないしたんや!」  祥平はそれに答えず、胸の内を吐露した。 「お父さん……人殺しちゃうんやろ。そやのに、何でこんな目に合うんや!」  そう言って祥平は部屋に籠った。翌日、範子は学校に抗議に行ったが、まともに取り合ってもらえなかった。 (ウチらは……いつの間にか犯罪者の家族にされてもうてるんや)  そしてその飛び火は友愛児童園にまで移った。  子供が児童園の園児に危害を加えられたなどと出鱈目なクレームが相次いだ。ある日は「殺人擁護施設」などという張り紙が入口に貼られたりもした。近所からは施設の廃止を求める署名運動もなされた。事態を重く見た範子は保育士を辞任する決意を固めた。園長をはじめ職員たちは引き留めたが、範子の決意は変わらなかった。だが、恵里菜は最後の最後まであきらめずに説得した。 「小島先生、悪くないのにどうしてやめなくちゃいけないんですか!」 「恵里菜ちゃん。悪い奴が攻めてくるときはな、正しいだけでは何の力にもならんのやで。前にも言うたやろ、強うならな勝たれへん。賢くならな生き残られへん。私はな、結局弱かったんや、アホやったんや。そやから……私らは負けたんや」 「それやったら、私が強うなる。そしておじさんや小島先生を助ける!」 「おおきにな。でも、それまで私は姿を消す。祥平も遠いところへ預けることにした。……それと、これ。あんたには黙ってたけど、今が渡すときやと思う。後で読んどいて」  範子が手渡したのは一通の手紙だった。封筒には差出人の名前がない。それから小島範子は友愛児童園から、そして恵里菜から離れて行った。部屋に戻った恵里菜は封筒の中身を見た。そしてその差出人の名前を見て、思わず手紙を落としてしまった。 「こ、これは……!!」 ──数日後、小島忠は杉本由佳殺害を認める供述をした。もちろん恵里菜は依然として忠の無実を信じていた。 だが、小島忠は無実を晴らすことなく、刑が確定する前に自ら命を絶った。小島家は一家離散、友愛児童園も結局閉鎖となって、恵里菜たち園生は別の施設へと引き取られて行った。
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