Chapter3 Top layer

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「ひどい話やな……」  一通り話を聞いた近藤がボソリと言った。それに相槌を打つように恵里菜が話を締めくくった。 「……というわけで、小島忠という人物の無実を晴らし、小島家の名誉を回復させること、これが私のホンマのミッションや」  一方で九部は軽く疑問を呈する。 「でも藍衣先生にとって一番の仇は親御さんから財産を騙し取った詐欺師じゃないんですか? 世話になったとは言え、小島忠は赤の他人じゃないですか。どうしてこちらを優先するんです?」 「実はな、これは母親の願いでもあるんや」 「どういうことですか? お母様、家が騙し取られた時に行方不明になっていたんじゃ……」  恵里菜はそれに答えず、懐から封筒を取り出し、中身を見せた。九部と近藤は奪い合うようにそれを互いに手に取り、文面を目で追った。       †──†  恵里菜へ。  急にあなたの前から姿を消してしまったことを本当に申し訳なく思っています。でも、私の浅知恵ではあなたを守るためにこうするより他は思いつかなかったのです。  きっとこの手紙を読んでいる頃のあなたは、小島範子さんから多大なご恩を受けていることと思います。彼女は私の幼い頃からの親友なのです。  あきらさんが亡くなった時、彼女のもとを訪れ、家庭の事情を全て話しました。最初は恵里菜と一緒にいることを勧められましたが、残債のある私と一緒にいれば借金取りに捕まってしまう危険性があります。そうなると恵里菜みたいな綺麗な子は何をされるかわかったものではありません。そのことを話すと彼女は納得してくれました。「わかった。恵里菜ちゃんは私が責任持って育てる。どんな逆境にも打ち勝てる賢く強い子にね」と言ってくれました。そして私は遠い町へと旅立つことにしました。この手紙はその旅の途上で投函します。  範子さんは元警察官で、本気になればあなたを強く賢い人間に育てることが出来ると信じています。私はあなたがちょっとやそっとのことでへこたれたりしない、強い子だと知っています。だから、範子さんには容赦なく厳しくあなたを育ててくれるように嘆願しました。もしそのことであなたが範子さんを恨むようなことがあったら、それは私がお願いしたことなので、彼女を悪く思わないで下さい。恐らくそのようなことはないでしょうけど。  あなたがお世話になる小島範子さんは本当に真っ直ぐで誠実な方ですが、世の中というものはそういう人を理不尽に陥れたりするものです。  もし範子さんがそのような窮地に立たされてしまった時には──あなたがこれを読んでいるということは、そのような事態になっているのでしょう──あなたが授かった強さ、賢さで彼女を救って差し上げなさい。これが私からあなたへの一生のお願いです。  そして、範子さんに何かあったら、私に連絡してきて下さい。新しい携帯電話の番号をお伝えします。 080 - 2495-xxxx    最後になりましたが、くれぐれも体には気をつけて下さい。  藍衣泰恵       †──†  これを読んで九部が言った。 「藍衣先生、泰恵さんという人と時々電話していましたけど、もしかして……」 「そうや。私にしょっちゅう電話してきたんは藍衣泰恵、つまり私の母親や」 「そやけど自分の親を泰恵さんて呼ぶなんてえらいよそよそしいなあ」  近藤が訝るので、恵里菜が釈明して言った。 「前にも言うたけど、母方は日系アメリカ人の家系やからな、ファーストネームで呼び合う習慣やねん。まあ、君らにすれば欧米か! って感じやろな」 「それにしても随分頻繁に電話していましたけど、件の〝ミッション〟について話していたんですか?」 「……いや。手紙をもろて早速電話してみたんやけど、母は過度のストレスで総合失調症になってた。私から電話があったことは喜んでくれたし、小島先生のことも案じてはいたけど、もう自分のことで精一杯になってた。私にしょっちゅう電話するようになったんはある種の依存症やな」 「では、小島忠先生の濡れ衣を晴らすのはお母様から直接授かったミッションというわけではなかったのですね」 「そう言われてしまえばそうやな。そやけど手紙にもあった通り、小島先生を救うことが泰恵さん……母の思いやと思うし、結果的にそのことで母も救われるような気がするんや」  九部も近藤も話を挟まずに聞き入っていた。その彼らに思いを伝えた。 「そやけど、小島先生が言うたように、ただ正しいことをしているというだけでは不十分や。私には強さと賢さが必要やったんや。そやからこの学校で一番強い近藤と、一番賢い九部がどうしても協力者として欲しかった。そやから三顧の礼やないけど、改めてお願いします。私に協力して下さい!」  恵里菜が珍しく深く頭を下げたので九部も近藤も恐縮した。 「わかった、もう乗りかかった舟や。とことんやらしてらもらうで!」 「既に巻き込まれてますし、今更承諾するも断るもないですが……藍衣先生が長学に目をつけたということは、この学校に小島忠さんを陥れた張本人がいると目星が付いているわけですか」 「ハッキリとしたことは言われへんけど、長学の新しい教育改善計画に反対する勢力がおって、小島忠先生は真っ向から対立しとったんや。その勢力の誰かが怪しいと思う」 「僕に授業を抜け出させて工作のシミュレーションをさせたのも、学校関係者が同じような工作をしたと考えたからですか?」 「そうや。それも工作したんは先生ではなく、生徒の一人が黒幕の先生に使われたと思うんや」 「生徒が? どのような根拠でそう思われるんですか?」 「忠先生への疑いが濃厚になったのは、現場の足跡や。そやけど、忠先生の話では当時ずっと同じ靴を履いていた。だから忠先生の靴を持ち出して工作できるのは、学校の下駄箱に靴を置いている時間だけや。当時先生達には全員アリバイがあったから、誰か生徒を使ったんやと思う」 「何かの弱みを握られていいように使われとったんやろうなぁ。先生のやるこというのは昔も今も変わらんのう」  近藤は皮肉な含みを持たせて言ったつもりだったが、当の恵里菜は意に介さず続けた。 「そやけど、私もここに来て職員室の様子を見てはいるけど、誰が黒幕なんか分かれへん。それで、当時の職員総会の議事録を見ようと思ったんやけど、過去の議事録は資料室のロッカーの中やねん。そのロッカーはダイヤルロック式で、番号は一部の人しか知らん。白昼堂々と番号教えてもらえばええんやろうけど、それやと黒幕に勘づかれる。だから……」 「まさかと思いますが、僕らに夜中に学校に忍び込んでロッカー破りしろとか言うんじゃないでしょうね?」  九部が不安げに尋ねると、その通りと言わんばかりに恵里菜は満面の笑みを浮かべた。
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