Chapter3 Top layer

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 九部は黙って近藤について行った。その行き先は体育館屋上のテニスコートだった。そこには何人もの素行の悪そうな男子生徒が待機しており、九部がそこに着くと、瞬く間にぐるりと取り囲まれた。   ──ちょっと前にもこんなことがあったな──  九部はそう思ってクスッと笑った。あの時はリンチを受けるために囲まれていたが、今は違う。自分の指示を仰ぐために彼らは集まって来たのだ。無論、近藤の統率力あってのことであるが。 「おう、よぉ集まってくれたな。今晩お前らにやってもらいたいことがある。具体的なことはこれから九部が話す。コイツの言うことをよぉ聞いてくれ」  一同が頷くと、九部は一歩前に出て話し始めた。 「これから僕らがやろうとするのは、ある時期の職員総会の議事録を入手することだ。この議事録は厳重に保管されているので、これから僕が言う手順で遂行してもらう。  まず夜中、僕がこの学校のセキュリティーシステムに侵入し、一定の時間システムを停止させる。その間にみんなは職員室奥の資料室に侵入し、僕がロッカーを開けて中にある議事録ファイルを取り出す。議事録はルーズリーフになっているので、手分けして一枚ずつ写メに収める。終わったら素早く後片付けして、学校を後にする。ざっと言うとこんな感じかな」  山口から質問の手が上がった。 「一定の時間システムを停止させるって言うたけど、具体的には何時から何時までや?」 「夜中の十一時四十五分から十二時までの、正味十五分間だよ」 「なんやて? そんなに短い時間なんか? もっと長うならんのか?」 「残念だけど、それが限界なんだ。学校のセキュリティーシステムは夜中の十二時に電波時計のシステムによって時間が修正される。仮にシステムの時間がそれまで一分進んでいたとすると、修正前と修正後の十二時の一分間はエラーがあってもシステムには記録されない。今回はその脆弱性を利用する」 「つまり、システムの時間を意図的に進めて早めに十二時にカウントさせて、それからホンマの十二時までの間に侵入するっちゅうことか」 「その通りだよ。だけど今からシステムの時間を狂わせても、十二時までに十五分狂わせるのが限界なんだ。だけど、シミュレーションしてみた結果、僕がさっき言ったプランなら慌てなくても充分十五分間でやり遂げられる筈なんだ。だから、急いでやろうとしないで落ち着いて事に当たれば、必ず遂行できる筈だよ」  山口は依然懐疑的な顔つきであったが、近藤が払拭するように言った。 「そういうわけや。みんな、今晩十一時四十五分になったら校門の前に集合や。遅刻は論外やが、あんまり早う集まっても怪しまれる。五分くらい前に集まるようにせえ」  近藤がそう言って締めくくると、一同は解散した。       ♰  その夜、 少し早めの十一時半頃に九部が学校の校門の前に到着すると、他のメンバーたちがすでに集合していた。 「おい遅いぞ、司令塔!」 「君たち、来るのが早すぎるよ。まあいいや、目立たないように静かにしていてくれ」  九部はそう言ってバッグからノートパソコンを取り出した。そしてセキュリティーシステムにアクセスする準備をした。早くも山口がしびれを切らし始めた。 「おう、早よせえや」 「慌てるなよ。キッチリ45分になったらクラック開始だ。少しでも早いとエラー履歴が残ってしまい、侵入が発覚する恐れがある」  九部はメンバー達が勇み足になって失敗するのが心配になってきた。しかし彼らの逸る気持ちがピークに達してきた頃、時計は十一時四十五分を指し示した。 「よし、セキュリティーシステムを停止させた。乗り込むぞ。くれぐれも慌てないように」  九部の合図でメンバーは一斉に校門を乗り越えて校内に侵入した。そして、早歩き程度のペースで職員室のある棟へと向かった。あらかじめクレセント錠を開錠しておいた一階男子トイレの窓を開き、そこから校舎内に忍び込む。九部が先頭になって資料室の施錠を解除し、さらにロッカーを開いた。中から該当するファイルを取り出し、さらに閉じてあるルーズリーフを取り出して順番に床の上に並べた。 「さあ、みんな一斉に手分けしてこのルーズリーフを写真におさめて!」  するとメンバーはそれぞれ携帯を取り出し、カメラを起動させて撮影した。人数が多かったので、前ページを撮影するのに数分とかからなかった。 「よし、終わった人から退出だ! 学校を出たらまっすぐ家に帰るように!」  そして次々とメンバーたちが出て行き、九部は最後に後片付けをしながら出て行った。しかし、トイレの窓から飛び降りる時、暗くて下に割れたガラスビンが転がっていることに気がつかなかった。九部は運悪くそのビンの上に着地してしまい、右足を負傷してしまった。 「痛……っ!」  激痛のあまり九部はうずくまった。しばらく経って痛みが落ち着いてきたが、歩こうと思うと鋭い痛みが走り、まともに動けない。時計を見ると十一時五十八分。あと二分で校門から出なければいけないが、とても動けそうにない。 「くそっ。万事休すか……」  その時、九部の体がふわっと宙に浮いたかと思うと、前方に動き出した。 「大丈夫か、しっかり捕まっとれよ」  それは近藤の声だった。近藤は九部が負傷したのを見て駆けつけてきたのだ。そして九部を背負いながら校門まで行き、そこで待機していたメンバーによって九部は校門の外に担ぎ出された。その時時計を見ると、 十一時五十九分だった。それからすぐにセキュリティーシステムは電波時計による時間調整を自動で行った。 「ギリギリセーフだった。みんな、ありがとう」 「アホか、今は自分の体の心配せえや」  しばらく校門の前で休んでいると、メンバーの一人が250ccのバイクを乗り付けてきた。九部はその後ろにまたがり、自宅アパートまで送ってもらった。       †  次の日、九部は学校へ行く前に病院で手当てを受けた。幸い傷の方は大したことはなく、日常生活にも差し障りはないという。  登校すると、休み時間に早速恵里菜から招集がかかった。場所は体育館屋上テニスコートで、呼び出されたのは九部と近藤の二人であった。 「昨夜はご苦労さん。九部は名誉の負傷までしてもうて……大丈夫?」 「ええ、医者の言うには、怪我は大したことなかったそうで、しばらく少し痛むことはあるけど、生活上問題はないそうです」 「それを聞いてとりあえず安心したわ。それにしても、ホンマようやったな。近藤の仲間たちも」 「そやで。今度メシでも奢ったってくれや」 「わかった。ところで早速やけど、議事録の方、見せてもらえる?」  九部はノートパソコンを開いた。昨夜学校に侵入したメンバーから集められた議事録の写真がここに集結していた。 「うんうん、まあところどころピンボケもあるけど……関係ありそうなんは事件より前の三回分やな。これをじっくり見てみよか」
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