Chapter3 Top layer

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【来歴5 職員会議】 職員総会議事録1(事件の半年前) 出席者(敬称略) 議長 風見清人(教頭) 書記 渡部漱石(国語科教諭) 諸田由美(学校法人博学舎理事長) 津村亮吉(校長) 教師一同(過半数) 風見「第1議案、教育改善計画推進について、まずは諸田理事長から説明頂く」 諸田「これまで長興寺学園はゆとり教育の波に乗り、独自の路線を歩んで成功してきた。しかし、昨今の少子化の煽りを受けて全国的に私学は存続が危ぶまれる状況に陥った。生き残るためには多くの保護者の方々のニーズを反映させた教育方針へと改善していく必要がある。とりわけ、脱ゆとり教育の潮流は無視出来ない」  ──中略──  諸田理事長のプレゼンテーションに対する質疑応答。 小島「我々が行なっていたのは独自の個性教育であり、ゆとり教育とは異なる。世間が脱ゆとり教育を唱えたところで、我々が教育方針を変更する必要はないのではないか」 諸田「あなたの言うことはもっともだ。しかし、問題なのは実質的にどうかと言うことよりも、世間が我々の教育をどう捉えるかと言うことだ。世間から生徒を募集する以上、世の潮流を無視するわけにはいかない」 小島「言葉を返すようだが、ゆとり・脱ゆとりに拘らず、所謂主要五科目に重点を置く日本の教育は、世界の教育の潮流を見ると遅れを取っていると言わざるを得ない。例えば世界の教育では〝クリティカル・シンキング〟や〝プログラミング〟といった新しい学びのスキルが要求され、積極的に進められている。しかし日本ではこれらの領域で教育環境が充分であるとは言いがたく、このままでは国際社会に通用する人材の育成という点において、他国に大幅な遅れを取ることになる。私の主張の背景には以上のような現実への危機意識がある」 諸田「あなたの言い分は理解した。一度理事会でもあなたの意見を参考にしながら話を進めて行きたい」 議事録2(事件の4ヶ月前) 出席者(敬称略) 議長 風見清人(教頭) 書記 渡部漱石(国語科教諭) 諸田由美(学校法人博学舎理事長) 津村亮吉(校長) 教師一同(過半数) 黛徹(大阪府教育委員会) 黛「教育改善計画について議論の進捗はどうか?」 津村「時代の潮流を鑑みつつ、わが校の在り方を軸に据えて議論を進めていかなければならない。一つ一つの要素を慎重に考慮した上で検討したい」 黛「博学舎の方からは既に教育改善計画に向けて一丸となって動いていると報告を受けており、教育委員会の方でもその前提で話を進めている。しかし津村校長の話は我々の見解と食い違っているように思える。風見教頭の見解は?」 風見「津村校長の『一つ一つの要素を考慮する』との発言があったが、それは対立や意見の食い違いが存在するというわけではない。皆が十分納得できるよう、議論に議論を重ねて調整しているところ」 小島、挙手。風見、話の途中だと窘めるが、津村が意見を促す。 小島「先ほどからわが校が教育改善計画を進めていくという前提で話されているが、実際のところ、私は教育改善計画の内容に反対であり、未だかつて一度たりとも賛成した覚えはない」 風見「言葉を慎みたまえ」 小島「件の教育改善計画とは早い話、従来わが校が取り組んできた教育が世間のニーズに合わなくなったので、形ばかり迎合するように取り繕っただけの空虚なもの。このようなものがまかり通るようでは我が学園はやがて行き詰まるだろう」 風見「いい加減にしたまえ。君の発言は学園役員会のみならず、博学舎をも侮辱するものだ。諸田理事長に謝罪せよ」 諸田「謝罪される謂れはない。会議は忌憚なき意見が出て当然であり、それを権勢をもって制するなど言語道断。 しかしながら、いま我々に課せられているのはわが校を存続させる方法を考えていくこと。世の中は少子化でますます私立高校は存続が危ぶまれる。知っての通り、経済的に自立出来ない法人の存在は社会悪である。理想は理想として、自分自身がどうやって食べていくかを考えることが大人の考え方と言うもの」 風見「諸田理事長の仰る通り。経営判断を度外視して君のくだらない自己主張を反映させなければならない筋合いはわが校にはない」 小島「私の発言は自身の教育理念に基づいている。それをくだらないと片づけてしまうのであれば、そもそもこのような会議に何の意味があるのか?」 黛「ここまで聞いたところ、教育改善計画について意見の調整がまだ不完全であるように思う。教職者の間で早急に意見を摺り合わせて欲しい」 議事録3(事件の2ヶ月前) 出席者(敬称略) 議長 風見清人(教頭) 書記 渡部漱石(国語科教諭) 諸田由美(学校法人博学舎理事長) 津村亮吉(校長) 教師一同(過半数) 黛徹(大阪府教育委員会) 黛「教育改善計画について意見の擦り合わせをお願いしたが、どうなっているか」 風見「全員一致というわけではないが、大方賛成ということで話を進めている」 黛「各教師の個人的意見も伺いたい」 黛がランダムに教師を数名指名。指名されたのは船越、但馬、小島、渡部の四名。 船越「社会科に関しては、脱ゆとり教育は項目の増加を意味する。教育指導要領がそうなっている以上、それに学校が対応するのは当然。したがって教育改善計画には賛成」 但馬「本音を言えば、特技推薦の生徒の殆どが数学を苦手としており、授業態度も芳しくない。個人的意見としては数学にやる気を示す生徒の割合が高まるのは歓迎である」 小島「前述のように、教育改善計画は脱ゆとり教育のアピールが先行し、実質どのように生徒を育てて行くかということに何ら考えが及んでいない。すなわち賛成か反対かなどという議論をする段階にすら達していない」 渡部「教育指導要領が刷新された以上、学校はそれに合わせなければ、とりわけ進学を志す生徒には不親切であると言える。しかし、私は小島先生のこれまでの教育の成果は評価したいし、先生の言うように教育改善計画の内容が空洞化しているのは否めず、採決は時期尚早」 黛「先生方の意見をこうして聞くと、依然として意見が分かれているようだ。日野原教育委員長は従来の長学の教育方針を評価しており、御校の教職者間に意見の対立があるなら、新たな改善計画ば見送るべきだとの意向を示している」 諸田「いや、既に教職者は一致して教育改善計画に賛同の意を示していると聞いていると風見教頭より報告を受けていたが、実際のところどうなのか」 風見「実は真っ向から反対しているのは小島先生ただ一人。他はそれぞれ思うところはあっても実質賛成しているようなもの。多数決という意味でも賛成が全員の意思であるとして問題はない筈」 小島「問題は多数決云々ではなく、反対意見に取り合わず、一方的に上からの指針を押し付けていること。違う意見にも塾考があってしかるべき」 諸田「あなたは我々が教育など度外視して金儲けの為に動いていると言いたいのか」 小島「違うのか」 風見「失礼にも程がある。これ以上総会の秩序を乱すなら、議長として退去を命ずる」 小島「意見を言うことを禁じられるような会議であれば参加する意義がない。よって私は退去命令を甘んじて受ける」 小島、ここで退去。
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