Chapter3 Top layer

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 場面は三人の作戦会議に戻る。議事録を読んでまず九部が口火を切った。 「これを見る限りでは、教育改善計画は諸田理事長の発案で、校内でそれを推し進める役割が風見教頭、そしてそれに真っ向から反対しているのが小島先生という構図ですね。あとの先生はそれぞれ意見はあっても、教育改善計画の是非にはあまり拘りはなさそうです」 「そやけど、船越先生が教育改善計画に賛成を表明していたんはちょっとガッカリやな」  恵里菜は少し肩を落とした。その横で近藤が珍しく真面目な顔で言った。 「そやけど、これを読んでみると、書記の渡部がわりと小島はんに味方してるみたいやな。渡部に話聞いてみたらどうやろ? その時の様子とか教えてくれるかも知れへんで」 「うん、僕も近藤の意見に賛成だ。大八木に疑いがかかった時も、大方の意見に惑わされず、きちんと物事を冷静に見ていた。あの先生なら誠意ある対応をしてくれる気がする」  そこで三人は当時書記を務めていた渡部に話を聞くことにした。渡部は三人を司書室に迎え入れ、インタビューに応じた。 「用件というのは何かな?」 「実は、以前ここで小島先生という教師がいらっしゃったと思うのですが、その小島先生が逮捕される半年前くらいから渡部先生は職員総会の書記をされていましたよね。その時の様子を伺いたいのですが……」  恵里菜は渡部が警戒すると思ったが、当の渡部は案外顔色一つ変えずに答えた。 「あの頃、諸田理事長が持ってきた改善計画を風見教頭がゴリ押しする形で事が進められていたんだ。教頭は総会の前から我々教師陣に、教育改善計画に賛同するよう周到な根回しをしていた。しかし、小島先生がいないところばかりで話していたので、総会でいきなり議題が上がって小島先生は寝耳に水だったんじゃないかな」 「そんな、頭から除け者にされていたんですか」 「そうだね。……諸田理事長はもともとスイミングスクールのコーチから親のコネで理事長まで成り上がった人でね。博学舎(あっち)の方じゃ〝プール上がりの雌河童〟なんて陰口を叩かれたりもしたようです。そこで理事長は脱ゆとりの波に乗り、前任者がもたらした学園の経営難を上向き改善して見返してやろうって目論見だな。風見教頭はそんな諸田理事長に〝校長の椅子〟か何かちらつかされて、いいように使われてるってわけさ」 「それで、諸田理事長の方針と真逆の理想を掲げていた小島先生は風見教頭にとって目の上のたんこぶというわけですね」 「ああ、それに、津村校長と教育委員長の日野原晋三氏も諸田理事長の教育改善計画には難色を示していた。それで風見教頭は馬車馬のように彼らの懐柔に奔走していたよ。それが功を奏したのか、今では津村校長も日野原教育委員長も表向きは教育改善計画を容認している形となっている」 「校長や教育委員長はいつ頃からそれを容認するようになったのですか?」 「それこそあれだよ、小島先生が逮捕されて以降だよ」  それを聞いて三人はハッとなって顔を見合わせた。津村や日野原が手の平を返すように諸田の計画を容認したことと事件とは何か関わりがあるのではないか、という考えが三人の頭の中をよぎった。       †  司書室を出て三人は再び体育館屋上へと上がった。 「議事録や渡部先生の話から、どうやら風見教頭が黒幕の中心にいることはわかりましたが……藍衣先生の言う生徒の協力者が見えて来ないですね」 「誰か当時の生徒にでも話を聞けたらいいんやろうけどな」  近藤がそう言うと、恵里菜は思案顔になって言った。 「一人、当時の生徒に知り合いがおることはおる。久利三って言う、私と同じ大学の同級生なんやけどな……」 「ほんなら、その久利三とやらに話聞かれへんのか?」 「うーん、その子、ちょっと気になることがあってな……」 「何が気になるんですか?」 「最近、久利三に会うたんやけど、小島先生について聞いたら『よぉ覚えてない』って言うとった。そうかと思えば、その後電話がかかって来て『小島先生がどうとか、何を探ってるんや』なんて聞きおるんや」 「そら怪しいな。その男、何か知ってそうや」 「しかし難しいですね。下手に動けばこちらが積極的に探っていると相手に悟られてしまう。そのことは黒幕にも伝わることでしょう」 「私もそう思うわ。確かに下手をすれば全てが台無しということもある。そやけど、身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれとも言うからな。やっぱり久利三に会うてそれとなく探ってみるわ」 「だけど、どんな理由で会いますか? デートの誘いを装うにしても、女性側からあんまり積極的なのも怪しまれそうですしね」 「その久利三の好きなこととかないんか? 趣味に関することやったら誘いやすいんちゃうの?」 「そやな……あいつが好きなこと言うたら、サッカーくらいしか思い浮かばんけど」 「サッカーか。そう言えば今日、ガンバ大阪の試合ですよね。それに誘えば食いついて来そうですが、流石に当日のチケットなんて手に入らないでしょうしね……」  その時、近藤の顔色が変わったのを恵里菜は見逃さなかった。 「近藤、どないしたんや?」 「な、何でもあらへん!」 「もしかして……あんた、今日の試合のチケット持ってたりせんやろな……」  近藤の顔色はますます紅潮した。 「そんなわけないやろ!」 「……ちょっと、カバンの中見せてくれへんか?」 「あかん! プライバシーの侵害や! 職権濫用や! パワハラや!」  恵里菜は嫌がる近藤の手から無理矢理カバンをひったくり、中身を調べた。すると、ガンバ大阪の試合のペアチケットが見つかった。 「ペアチケット! ちょうどええやん! 近藤、これ譲ってくれへんか?」 「あかん、あかん! いくら藍衣先生でもこれは譲られへん!」 「しかし、何であんたがペアチケット持ってんねん。もう一枚は誰のチケットや……もしかして今井彰子か?」  すると近藤の顔がみるみる茹でダコのように真っ赤に染まった。何も語らずとも、それが図星であることを明確に示していた。それが九部にも分かったので、九部は暴走する恵里菜を引き止めるように言った。 「先生、流石にこれはダメですよ。人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえと言うじゃないですか」  だが、恵里菜は九部の咎めるのも意に介さず、近藤に嘆願した。 「私もあんたの恋の邪魔はしたないし、むしろ応援したい。だけど、チケットは譲って貰われへんやろか。もしあんたのチケット譲ってくれたら、私が責任持って今井とあんたのキューピッドになる。そやから、頼むわ。お願い」  普通ならそんな申し出は信用できないものだが、今井が最近恵里菜をかなり慕っていることを近藤は知っていた。もし恵里菜が一声かけてくれれば……という考えが頭をよぎった。 「ホンマにやってくれるんやろな」 「うん、約束する」 「それやったら代金倍額で譲ったる。それでどうや」 「倍額? せこいなあ……もう少し負けてや」 「あかん。こっちかてリスク背負うとんのや。それくらい保険かけとかんと」 「わかった。背に腹はかえられへん。これで譲って欲しい」  そして恵里菜はペアチケット代金の二倍の金額を現金で近藤に手渡した。
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