Chapter3 Top layer

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「くそっ……わざわざ俺が応援に来たったってのにPK負けか……」  久利三はガックリと項垂れた。 「まあ、これでも飲んで元気出しいや」  恵里菜は運ばれてきたビールを差し出して言った。  久利三成男は、ガンバ大阪のチケットがあるから来ないかと言う恵里菜の誘いに二つ返事で乗ってきた。試合の方は二対二からのPK戦でガンバ大阪が敗れてしまい、残念会ということで食事でもしようということになった。近くの「ららぽーと」はクローズしてしまったので、モノレールに乗って千里中央の居酒屋までやってきたのだ。  中ジョッキのビールを綺麗に飲み干した久利三が真面目な顔になって言った。 「なあ、ホンマは何か話あるんとちゃうんか?」 「え?」  気づかれたか、と思い恵里菜は警戒の色を顔に浮かべた。 「わかるで。女から気持ちを伝えるのは勇気のいることや。そらサッカーでもダシにせんと、よう告白もでけへんわな」 「アホ! あんたどんだけチャラ男やねん!」  しかし、恵里菜は話が核心から逸れたことに少しホッとした。その時、先程と違う店員が注文を取りに来た。恵里菜と同世代くらいの女性で、ネームプレートに〝新実〟と書いてあった。 「いらっしゃいませ、ご注文は……」  〝新実〟はそこで言葉を詰まらせた。久利三の顔を見て驚いた様子であった。 「お? マイコやん。久しぶりやな、元気か?」  警戒心をあらわにして〝マイコ〟は一歩下がった。 「……失礼します。他の担当の者を呼んで参りますので少々お待ちください」  そう言って立ち去ろうとする〝マイコ〟の腕を久利三が掴んだ。 「ちょっと待てや、何で逃げんねん。側から見たら俺がむっちゃ悪モンみたいやんけ」 「離して下さい。お客様でも訴えますよ」 「シゲやん、何があったか知らんけど、まずいで、それ。早く離したりいや」  恵里菜もそう言うので、久利三は〝マイコ〟の腕を離した。ところが〝マイコ〟はすぐには立ち去らず、久利三に吐き捨てるように言った。 「元気なワケないやないですか。〝ユカ〟があんな目に遭ったのに。久利三さんは平気なんですね、こうして新しい美人の彼女まで作って」 「な、何言うてんねん。#まだ__・__#彼女ちゃうわ。ただの友達や」 「そうですか? 久利三さん、何だか随分感じが変わりましたよね。ユカと付き合っていた頃は誠実そうだったのに、ロン毛にピアスにタトゥーですか? ホンマ、ただのチャラ男ですね」 「いや、別にこれはただのファッションで……」 「とにかく、失礼します」  そう言って〝マイコ〟は立ち去り、代わりの店員が注文を取りに来た。久利三は問わず語りに〝マイコ〟のことを話した。 「さっきの子、高校時代の元カノのツレやねん。その〝ユカ〟って言うのが元カノやねんけどな。あ、一応言うとくけど、その元カノとの関係はプラトニックやで」 「別にそんなこと聞いてへんし。って言うか、さっきの子が言うとった『あんなこと』ってどんなことやったん?」 「ごめん、そこからはプライバシーや。堪忍してくれ。ところで恵里菜、何か俺に話があったんちゃうんか?」 「え? ああ、別にないよ。間違っても告白なんかせえへんから心配せんといて」 「何やそれ、何気に傷つく発言やなあ」  それから恵里菜は努めて当たり障りの無い会話に徹した。〝マイコ〟の言っていた〝ユカ〟とは、件の事件の被害者、杉本由佳の事ではないかと思ったのである。無論それを久利三に確かめるつもりはない。あの〝マイコ〟に改めて連絡を取って聞き質してみようと思ったのである。  店を出た恵里菜は久利三に「寄るところがあるから先に帰って」と言い、一人になったところで豊中警察署の泉博嗣刑事に電話した。 「あの、夜分遅くにすみません。藍衣ですが……」 「藍衣センセか。またこんな遅くに何の用や」 「ホントにすみません、今から出てきてもらえませんか? 居酒屋の店員が事件の鍵を握っているようで、どうしても素性が知りたいんです。泉刑事のお力で店長から聞き出してもらえないかと……」 「断る。この前のケイティー食品の調査もな、年下の上司からボロクソ言われたんや。これ以上管轄外の案件に首突っ込むわけにはいかんのや」 「実は豊中警察署管轄内の冤罪事件について調べているんですよ。それに関する調査なんですが」 「何やて?」 「長興寺学園の小島先生が女子高生を殺害したとされる事件ですよ。知ってる筈ですよね。お兄さんが小島先生の逮捕に関わったのですから」  しばらくの沈黙の後、泉刑事は低い声で言った。 「その話、どこから聞いたんや?」 「偶然ですが、府警本部前の喫茶店でお兄さんがお話ししているのを聞いてしまったんです。お兄さん、誤認逮捕してしまったことを随分後悔されている様子でした。だから、泉刑事にも是非協力を……」 「アホ言うな。二重の意味で身内の人間の足引っ張るようなこと出来るかい。一旦逮捕して、しかも拘留中に自殺した人間が無実やった、なんてなってみ。それに関わった警察官がどんな悲惨な目に合うかわかってんのか。あんた、俺に兄貴を貶めろって言うてんのと同じやで」 「そんなつもりは毛頭ありません。ただ、濡れ衣を着せられたことにより、それこそ悲惨な人生を強いられている人達もいるんです。そのことも忘れないで下さい」 「……とにかくあかん。協力はでけへん。そんな用事やったら、もう二度と連絡してこんといてくれ」 「え? いや、その、ちょっと!」  泉博嗣刑事は一方的に通話を切った。そしてすぐさま兄の泉信弘に電話した。 「もしもし、俺や。長興寺学園教師の事件やけどな……そう、それや。嗅ぎ回っている人間がおる……藍衣恵里菜っちゅう女子大生や。一応気をつけた方がええと思ってな」
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