Chapter3 Top layer

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「泉さんて……泉刑事のお兄さんですか?……府警本部で機動捜査隊長をされている……」  恵里菜は嫌な予感がした。つい先だって泉刑事に釘を刺されたばかりだ。当然恵里菜たちが事件の事で動いていることは泉信弘にも報されているに違いない。 「あなた、女子高生殺人事件について色々調べてるそうやないですか。何でも容疑者の知り合いらしいですね」 「え、ええまあ……」  恵里菜はどう答えて良いかわからず、言葉を詰まらせた。 「誤解せんといて欲しいんやけど、私は藍衣はんの邪魔をしようというわけやない。いや、むしろ協力し合わんか、という提案や」 「えっ?」  信弘の意外な言葉に恵里菜はキツネにつままれたようになった。そこで、信弘は昨日弟から電話を貰った時の経緯を話した。       † 「もしもし、俺や。長興寺学園教師の事件やけどな……」 「長興寺学園教師の事件って、杉本由佳殺害の事件か。小島忠容疑者の」 「そう、それや。その事件のことを嗅ぎ回っている人間がおるんや。どうも小島忠の知り合いで、その無罪を信じとるんや」 「誰や、その嗅ぎ回ってる人間ちゅうのは」 「藍衣恵里菜っちゅう女子大生や。ほら、あのアパレル店の防犯映像見たい言うとった姉ちゃんや」 「ああ、よぉ覚えてるわ。なるほど、あの子がなあ……」 「一応気をつけた方がええと思ってな」 「〝気をつける〟か。……なあ、博嗣よ。冤罪事件言うのは、刑罰を逃れて逃げ回っている真犯人も確かに悪い。そやけど誤認逮捕して間違いに気づいても何もしようともせえへん警察官も同罪やと思えへんか?」 「な、何言うてんねん、兄貴!」 「物証があるから小島が犯人で間違いないやろ、って自分に言い聞かせてきたけど、もう自分の気持ちは誤魔化されへんわ。このまま定年迎えたら、死ぬまで小島の亡霊が夢に出てくることになるんやで。そんなん真っ平ゴメンや」 「……左遷経験者としてひとこと言わせて貰うわ。一時の正義感で突っ走って全てを台無しにする言うことは、そんなに甘いもんやあらへんで。もし気持ちが楽になりたいとか、その程度の動機やったら下手なことはやめといた方がええ」 「俺もお前と同じ考えやった。そやけど、やっぱりこのままやったらあかんねん。冤罪事件を放置しても、追いかけて立場が危うくなったとしても、どっちみち後悔するんやったら、正しい方を選んだ方がええ。こういうのはな、お天道様がちゃんと見とんのや」 「わかった。兄貴がそこまで言うんやったら俺は何も言わん。やりたいようにらやったらええ。そやけど、事が事だけに慎重にな」 「おう、とりあえずその藍衣っちゅう姉ちゃんに連絡してみるわ」       † 「……というわけで、俺は藍衣はんと協力し合って事件を解決しようと決めたんですわ。事件のことはどこまで掴んではるんかな」 「それは心強いです。この間弟さんに断られた時はそれなりに落ち込みましたから……とは言え、そんなに進展があるわけじゃないんです。でも、今ちょうど被害者のお友達と一緒にいてお話を聞いているところなんです。もしよかったらこちらまでいらっしゃいませんか?」  泉信弘は承諾し、すぐさま南千里へと向かった。  泉信弘は自動車は使わず、スピードの遅さで知られる阪急千里線で南千里へと向かった。そのためかなり時間がかかり、信弘が到着する頃までに恵里菜たち一行は相当な量のパンとコーヒーを消費していた。 「すんまへん、遅くなりました」 「いえいえ、紹介します。友達の近藤美紅さんと……杉本由佳さんの高校時代の友達の新実麻衣子さんです」 「大阪府警機動捜査隊の泉です。よろしくお願いします。……藍衣はん、とりあえず分かってることを話してもらえまっか?」  そこで、恵里菜はこれまで分かっている大凡のことを話した。信弘はそれを確認するようにまとめて言った。 「つまり、杉本由佳さん殺害には援助交際の相手が関わっている可能性が高い。さらに冤罪工作には小島が勤務していた長興寺学園が動いている……というわけですな」 「ええ、さらに当時杉本さんと付き合っていた久利三成男……奇しくも私の大学の友人なんですが、彼も何か知っている様子なんです」 「ほう……」  ここで新実が疑問を投げかける。 「でも、警察ではキッチリ証拠を掴んで小島忠によるレイプ殺人と断定したのですよね。泉さんはどうしてそれを蒸し返すような調査をするんですか?」 「物証言うても、藍衣はんが言うたように偽装工作した可能性は充分考えられる。レイプ殺人言うても、被害者の体内から男性の体液が見つかったとか、そういうわけやない。解剖でわかったんは、初動の検視による見解で溺死とされとったんが間違いやとわかったっちゅうことくらいですわ」 「え? じゃあ死因は何だったんですか?」 「頭部外傷や。それも、凶器によるものやない。それで警察では、加害者の暴行に抵抗した拍子に転倒、現場にあった大きめの石にぶつけたものやないか、と見立てたわけやな」 「すると、随分憶測で事件を見立てた印象ですけど、小島忠は同じことを自供したんですか?」 「ええ。……っちゅうても、一旦犯行を認める供述をしてからは、取調官の口車に乗せられての誘導尋問やった。つまり、ただハイハイ言うとっただけですわ」 「ひどい……」 「世間を騒がせる事件ほどそういうことはよぉある。残念やけどそれが警察の悲しい現実やな。……ところで、杉本由佳さんは援助交際しとったとのことやけど、どこでその相手と知り合うたんですか?」 「普通なら出合い系サイトなどに登録するらしいんですが、由佳はお金がなくて携帯も止められてサイト登録が出来なかったんです。それで、〝出会いカフェ〟に会員登録していたようなのです」 「出会いカフェ? そんなモンがあるんでっか。店の名前はわかりますか?」 「確か、難波の『テイクアウェイ』という店やったと思います」  それから彼らは一旦解散し、恵里菜と信弘だけが難波に行ってみることにした。
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